映画『TAR/ター』(Tár) ケイト・ブランシェット演じる天才指揮者の光と闇をリアリティたっぷりに描いた挑戦的な作品です。
作品情報・キャスト
あらすじ
ネタバレなしの感想
視聴してのぶっちゃけ感想・評価(ネタバレあり)
ストーリーのテーマ考察!
物語ネタバレ・ラスト結末解説
これらの情報を知りたい人向けにわかりやすくレビューしていきます!
(前半はネタバレなし、後半はネタバレありです。お好きな項目から読んでください)
これから視聴する方の参考になるよう、作品についての視聴者口コミ・アンケートも投票お願いします↓
映画『TAR/ター』作品情報・予告
制作国:アメリカ
上映時間:2時間38分
原題:『Tár』
ジャンル:社会派ヒューマンドラマ、サスペンス
年齢制限:G(制限なし)
監督・脚本:トッド・フィールド
原作:なし、映画オリジナル
撮影:フロリアン・ホーフマイスター
音楽:ヒドゥル・グドナドッティル
トッド・フィールド監督は『イン・ザ・ベッドルーム 』(2001)などで有名な人物。俳優としてはスタンリー・キューブリック監督の『アイズ ワイド シャット』などに出演しています。
楽曲担当のヒドゥル・グドナドッティルはチェリストで、『プリズナーズ』『メッセージ』などの音楽に参加、『レヴェナント: 蘇えりし者』では坂本龍一とコラボしました。『ジョーカー』(2019)では第92回アカデミー作曲賞を獲得しています。
映画『TAR/ター』キャスト
ケイト・ブランシェット
ケイト・ブランシェットが天才指揮者リディア・ター(Lydia Tár)を演じます。ターはレズビアンを公表している設定です。
ケイト・ブランシェット演じるターをみた瞬間に、「スクリーンに存在するのはターという人類史上最高の実在の指揮者でケイト・ブランシェットではない」と脳が勝手に判断してしまうんですよね。
あとネタバレあり感想の項目で詳しく書きますが、今回ケイト・ブランシェットは「天才主人公の葛藤」みたいなシンプルでわかりやすい演技はしていません。繊細かつ絶妙な感じを狙ってできるのは彼女くらいでは?
監督のトッド・フィールドが本作をケイト・ブランシェットが演じるものとしてあて書きしたのもうなづけます。
↓ケイト・ブランシェット出演作のレビュー↓
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その他のキャスト
登場人物 | キャスト(出演作) |
シャロン(ターのパートナー) | ニーナ・ホス(『ザ・コントラクター』) |
フランチェスカ(ターの秘書。指揮者志望) | エミ・メルラン |
オルガ(ベルリン・フィルハーモニーのチェリスト) | ゾフィー・カウアー |
アンドリス(クラシック界の権威) | ジュリアン・グローヴァー(『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』『ゲーム・オブ・スローンズ』パイセル役) |
エリオット・カプラン(指揮者) | マーク・ストロング(『キングスマン』『シャザム』『クルエラ』『マーダー・ミステリー2』) |
ペトラ(ターとシャロンの娘) | ミラ・ボゴイェヴィッチ |
セバスチャン(ベルリンフィルハーモニーの副指揮者) | アラン・コーデュナー |
映画『TAR/ター』あらすじ
リディア・ター(ケイト・ブランシェット)は、世界一のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者だ。自ら作曲した音楽も高く評価されており、数々の賞を総なめにしている現代のトップ音楽家の1人だった。
ターは、パートナーでバイオリンの主席奏者のシャロン(ニーナ・ホス)と、彼女の娘・ペトラと忙しいながらも幸せに暮らしている。
ターは「マーラー:交響曲第5番」のライブ録音を目指して楽団とリハーサルを重ねていた。
そんな中、秘書で指揮者志望のフランチェスカに以前ターの教えを受けて仲が良かったクリスタから連絡がメールが入る。
精神的に追い詰められたクリスタはターに執着しているようだ
ターは秘書のフランチェスカに、クリスタから来たメールを全部削除するように言った。
そんなとき、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に女性チェリスト・オルガが入ってくる。ターは彼女を気に入り、チェロのソロ曲を「マーラー:交響曲第5番」と一緒に演奏することに決め、仕事場で一緒に練習して仲を深める…。
しかしターは元愛人・クリスタの件でキャリアの危機にさらされることになり…。
ネタバレなし感想・海外評価
わかりやすい・わかりにくいで言えば非常にわかりづらく、難しい部類に入るでしょう。
ケイト・ブランシェット演じるターが楽団とリハーサルしたり、学生を指導したり、家族や秘書と会話したり、作曲したりするなかで少しずつ本性をにじませていく渋い作品です(最後にドラマティックな場面はありますが)。
主人公・ターの人間性をどう暴いていくかの視点が斬新で、映画好きは観ておくべきだと思います。
いっぽうで、単に「おもしろそうだから」という理由で見ると期待と全然違った…となるでしょう。
海外レビューサイトでは批評家が90点以上と超高評価ですが、一般視聴者の満足度とはかなり乖離があります。
おすすめ度 | 70% |
アイデア・コンセプト | 94% |
演技 | 99% |
ストーリー | 78% |
IMDb(海外レビューサイト) | 7.5(10点中) |
Rotten Tomatoes(海外レビューサイト) | 批評家 90% 一般の視聴者 74% |
メタスコア(Metacritic) | 92(100点中) |
※以下、『TAR/ター』のストーリーネタバレありなので注意してください!
映画『TAR/ター』ネタバレ感想・評価
ストーリーは淡々と進むんですけど、ケイト・ブランシェットの細かい演技や何気ないカットが非常に重要な映画で、私については正直1回見ただけでは「この映画を理解しました!」とは言えません。
まずケイト・ブランシェットは絶妙かつ微細な演技で何を表現しているかというと、「ターという指揮者が意図的じゃなく周囲の人間を傷つけている」ということ。
罪の意識なく相手を傷つけている非常に難易度の高い演技です。
なので視聴している側も、彼女の言葉や表情だけ見ているだけでは真意は汲み取るのに不十分で、一挙手一投足に注視しなければなりません。
副指揮者のセバスチャンをクビにしたときに彼のオフィスで見せた挙動など、うわべの優しい言葉とはかけ離れた仕草を見せる場面が多々あり、ターに自分でコントロールし切れていない部分があることが徐々に明らかになっていきます。
そしてターの意識と無意識は次第に分離し、かつて愛人だったクリスタが自殺したあたりから追い詰められていくのです。
夜中になりはじめるメトロノーム、音叉のような音がなる冷蔵庫、インターホンの長3度の音を作曲に利用してみるなどなど、音楽的側面からはいくぶんわかりやすい抑圧がターを襲います。
公園で聞こえる女性の叫び声、夜中のベッドに映り込む女性など、ホラー的なシーンも入ってきます。
そして、ターがその抑圧・葛藤をどのように外へ吐き出しているかの演技が繊細なのです。
もっと簡単な言葉でいうと、ターという女性は自分が才能豊かなだけでなく、すごく高尚で倫理的な振る舞いができている人格者だと思い込んでいます。
その状態で、裏でクリスタなど女性音楽家にセクシャルハラスメントを働いていたわけです。
ターが自分が見たい自分を観客に共有させつつ、後ろ姿のシーンなど違和感のあるカットをいくつも滑り込ませ、不穏さに気づかせていくのもうまい演出だと思います。
ターが学校で娘をいじめた女子に説得に行くんですが、その時も表情や口調はそこまでなんですけど「もし今度娘をいじめたらお前を潰す」と淡々とすごい怖いことをいってるんですよね。
態度と言動が合ってない違和感から、ターは権力と倫理の天秤の上に立つ危うい人物だとわかります。
新しい見せ方だと思いました。
『TAR/ター』考察(ネタバレ)
ストーリーの意味やテーマ!
結局本作は何が言いたかったの?となってしまった人もいるでしょう。
一般的に本作は「権力とはなにかを映像で表現した」と言われていますが、もう少し具体的に考えていきたいと思います。
私の『TAR/ター』の解釈は、権力の存在に気づかないのは権力者本人であるというもの。
ターは才能がありすぎるが故なのか、自身が権威主義に染まっていると気づいていない様子。
もしかすると権力を行使している側には「私にも私の辛い立場があって、みんなのことを考えながら仕方なく決断しているの」という心理が働いているのかもしれません。
ケイト・ブランシェット演じるターは、自分が権力を振りかざすイヤな人間だとは思っていないのです。自分の権力的な側面を自分で抑圧しているともいえるでしょう。
これは権威社会や資本主義社会の問題の本質を表現しています。
すなわち権力者たちは自分たちの行動が、権力を振りかざして他の人々に不利益を与えることだと思っていない。思わないようにしているということ。
権力者たちが権力を振るっていると気づかないなら(そう思い込んでしまっているなら)、システムが変わるわけはありません。
ナチスを批判したドイツの哲学者のアンナ・ハーレントが「悪の本質とはシステムを無批判に受け入れること」という有名な言葉を残していますが、『TAR/ター』が表現していたこともこれに近いと感じました。
マーラー:交響曲第5番の意味
「マーラー:交響曲第5番」の第一楽章が葬送行進曲(遺体を墓地まで運ぶときの曲)から始まることを考えると、この曲を演奏予定だったターは最初から自己破滅へ突き進んでいたとも捉えることができます。
この曲の演奏の本番で錯乱して舞台に入ってきて代わりの指揮者をぶん殴って破滅した展開も必然だったわけです。
クラシックの知識など、さまざまな観点からいくつかの解釈ができる点も素晴らしいです。
(「マーラー:交響曲第5番」とストーリーの類似点はまだまだありそうですが、私はクラシックに関する知識は乏しいのでこの辺で止めておきます)
マイノリティの権力行使
ターが女性で同性愛者と指揮者としてはマイノリティ側に入るものの、世界的な権威となって結局は権力を行使していた側だとわかる物語でした。
マイノリティだからといって潔白の証明にはならない事実を突きつけているようですね。
マイノリティだろうとマジョリティ側の白人男性だろうと、権力の側に立ってしまえば権力に支配されるという構図です。
マックスという学生が「自分はアフリカ系LGBTQだから男性権威的なバッハは聴かない」と言い、ターはそれについて「芸術として向き合うべきだ」と批判していました。
この議論についてもマイノリティ側のターが権力に染まった事実から、皮肉にもターの言い分が正しいように思えます。
悪しきは個人のパーソナリティではなく、権力やシステムそれ自体だということです。
複雑なメッセージをうまく表現していると思いました。
権力失墜の惨めさ
クリスタへの性行為強要と彼女の自殺問題でターの権威は失墜。ターは「マーラー:交響曲第5番」のライブ録音で錯乱して舞台に登場し、代わりの指揮者エリオット(マーク・ストロング)を突き飛ばします。
ターの権威は失墜し、パートナーのシャロンにも見限られ、アジア(映画『地獄の黙示録』のロケ地の話からおそらくフィリピン)で仕事をするハメに。
廃工場のような場所でリハーサルをするフィリピンの楽団に向かってターは「作者の意図を考えましょう」と言います。
ついに本番が始まりました。そしてターの演奏がアドベンチャーゲーム(モンハン)のBGMコンサートだとわかります。
皮肉に満ちた結末ですね。
ターのような権力者が失墜したときの惨めさを強烈に突きつけました。
もっと惨めなのが、それでもターの性格・人間性のようなものが本質的に変わっていないことです。
高尚なプライドにしがみついていなければ人格崩壊してしまう危うさと共に、格式高いクラッシク音楽はゲーム音楽と何が違うの?と賛否分かれるタブーな問題提起があるように見えました。
伝統的なクラシックの世界=権力のメタファーとして描き、いわゆる低俗なものと大差ないと表現していたようです。
映画『TAR/ター』ネタバレ:ラスト結末の解説
ターは副指揮者・セバスチャンに実質クビを宣告する。
ターの助手だったフランチェスカは、副指揮者志望だった。しかしターは別の経験豊富な人物を副指揮者にすると決定。
フランチェスカはメモを残して助手を辞めた。
ターは「自殺した元教え子・クリスタへのセクハラ行為はまったくのデマだ」とスタッフに説明する。
しかしクリスタの両親がターを告発し、ターは世間から大バッシングを受けた。
ターは自著の出版でアメリカへ行く。その際にひいきしていたチェリストのオルガを同行させていたが、オルガはスマホでターの悪口を書き込みまくっていた。
ターは「マーラー:交響曲第5番」の演奏会にボロボロの状態でやってきた。そして舞台に侵入し、自分の代わりの指揮者エリオット(マーク・ストロング)を突き飛ばす。
一連の騒動で、ターはヨーロッパの格式高いクラシック界に居場所をうしなった。パートナーのシャロンからも別れを告げられ、娘・ペトラにも会えなくなる。
仕事がなくなったターはアジアへ行き、現地の楽団を指揮する仕事についた。ターはいつもと同じようにリハーサルをこなす。
ターは肩こりを解消するためにホテルの人にマッサージ店を紹介してもらう。そこは性風俗店のような場所だった。ターは過去を思い出して嘔吐した。
ターはゲーム関連のイベントでアジアの楽団の指揮をつとめた。観客はみなRPGゲームのキャラの格好(モンスターハンター)をしていた。
最後のまとめ
映画『TAR/ター』は、ケイト・ブランシェットの繊細な演技と、権力者の悲哀・過ちをみずみずしく切り取った怪作でした。
見落としている細かい部分がたくさんあると思うので、あと2回くらい観て勉強したいです。
ここまで読んでいただきありがとうございます。『TAR/ター』レビュー終わり!
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