映画『シン・ウルトラマン』。すっごく楽しみにしていましたが残念…。冒頭こそ興奮したものの、ところどころ演出がすべっていて徐々に落胆しました(好きだった人には申し訳ない)。
SNSだとマニアの方々が熱狂していますが(それはそれで尊重すべきだと思います)、本記事では初代ウルトラマンは全話観た程度のライト層の筆者の視点で感想レビュー・考察をしていきます。ちなみに私は『シン・ゴジラ』絶賛派です。
本作は1つの映画としてみたときに起伏のないストーリーや、詰め込みすぎてダイジェスト感がすごいのが残念でした。
ただ庵野秀明らしく構造的に多様な解釈ができるストーリーではあったので、後半は哲学的な考察も多めにしています。
作品情報・キャストの印象・あらすじ・見どころ、ぶっちゃけ感想/ネタバレ酷評、構造主義「野生の思考」的なテーマ/人類トーテミズム説/庵野式ブリコラージュ を徹底考察!、ラストシーン神永新二・復活の意味解説、シン・ゴジラとの構造比較を知りたい人向けにレビューしていきます!
(前半はネタバレなし、後半はネタバレありです。お好きな項目からどうぞ)
作品についての視聴者・口コミアンケートも投票お願いします↓
映画『シン・ウルトラマン』作品情報・キャストと演技の印象
©︎東宝
英題:『Shin Ultraman』
ジャンル:特撮ヒーロー・怪獣
監督:樋口真嗣
脚本・原案:庵野秀明
編集:栗原洋平/庵野秀明
撮影:市川修
音楽:鷺巣詩郎
制作:円谷プロダクション・東宝・スタジオカラー
主題歌:主題歌 米津玄師「M八七」
庵野ユニバースの次作『シン・仮面ライダー』では庵野秀明が監督も務めています。
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シン・ウルトラマン登場キャラ・キャスト
神永新二(ウルトラマン)|cast 斎藤工→ほとんどぶっきらぼうなウルトラマン状態で、何とも…。名前もエヴァによせてシンジなんですね。ウルトラマンを操縦しているという解釈かな? それにしても斎藤工はNetflix『ヒヤマケンタロウの妊娠』(2022)で男性妊婦になったり、役の幅が広すぎです。
浅見弘子|cast 長澤まさみ→ザ・見えそうで見えない女!美脚でハマり役でした。キャラ的には葛城ミサト。完全に制作陣に遊ばれてます(笑)!そして公開セクハラだと賛否両論になってますね。『ロストケア』(2023)などシリアスな演技も好きでした。2024年には三谷幸喜監督の『スオミの話をしよう』に出演。
滝明久|cast 有岡大貴→感情表現豊かなオタク!物語のキーパーソンでした。熱いぜコイツ!
船縁由美|cast 早見あかり→明るいキャラがいいじゃない!早見あかりさんはホラー映画『ミンナのウタ』(2023)などに出演。
田村君男|cast 西島秀俊→いつもの西島さん。2022年はAmazon Prime オリジナルの主演ドラマ『仮面ライダー BLACK SUN』がすごく良かった!北野武の映画『首』では明智光秀役も!
Amazonオリジナルドラマ『仮面ライダーBLACK SUN/ブラックサン』。左翼団体と差別問題を取り入れた社会派で見応えある作品に仕上がっていました。
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宗像龍彦|cast 田中哲司→西島さんとのコンビが真犯人フラグを思い出す。
メフィラス星人|cast 山本耕史→名刺くばってんじゃねえ(笑)、呉越同舟とか「私の好きな言葉です」って嬉しそうに語るんじゃねえ! でも嫌いじゃない!形から入るタイプのミーハー異星人いいじゃん!割り勘まで使いこなすとは…。考えようによってはゼットンより怖い存在。
ザラブ星人|cast 津田健次郎(声)
映画『シン・ウルトラマン』ネタバレなし感想・あらすじ・見どころ・海外評価
©︎東宝
あらすじ:禍威獣(カイジュウ)が日本にだけ出現して暴れ回るようになり、禍威獣特設対策室専従班(通称:禍特対)は対策に追われます。怪獣が核物質処理施設に迫る中、突然空から銀色の巨人が現れ…。
知識なしに初見で見ても大丈夫ですが、ウルトラマン初挑戦だとすっごいシュールなストーリーや映像に感じられて賛否分かれると思います。
一般受けはしないでしょう…!
おすすめ度 | 48% |
世界観 | 70% |
ストーリー | 52% |
IMDb(海外レビューサイト) | 6.5(10点中) |
Rotten Tomatoes(海外レビューサイト) | 批評家96% 一般86% |
※以下、映画『シン・ウルトラマン』のストーリーネタバレありなので注意してください!
映画『シン・ウルトラマン』ネタバレ感想・酷評
つまらない理由
個人的にはマーベルMCUよりも断然『シン・ゴジラ』や『シン・エヴァンゲリオン』などの庵野シンユニバースに期待していたのでがっかりでした。
庵野秀明監督は『シン・エヴァ』のほうで忙しかったらしく、制作にあまり参加できなかったというのも完成度に大きく影響しているのかもしれません。
本作のツギハギ感・統一感のなさは、シュールレアリスム芸術でいう優美な死骸(お互いが作っているパートを知らずにあとでくっつける制作手法)という表現がぴったりだと思います。
もちろん、ひどすぎた令和の駄作映画『大怪獣のあとしまつ』(2022)と比較すると全然クオリティは高いです。
ただ、1つの映画作品として冷静に見ると『シン・ウルトラマン』は正直つまらないと思いました。
ストーリーの面白さではなく「再構築」がメインになっているからです。
怪獣や外星人を使って人類の存在意義を解くありふれた二項対立テーマ、CG使いまくりのバトル、正直いうと初代ウルトラマンから何が進化したのかわかりませんでした。
どこがシン(新・真)なのでしょうか?
効果音・特殊効果・シュールな雰囲気やツギハギな展開も含め、良くも悪くも初代ウルトラマンの空気感を現代の技術で再現した映画なのでしょう。
ストーリーがブツ切りで緊張感が持続しておらず、映画というよりは30分の特撮を数話分詰め込んだ印象です。
それらの特撮っぽさは狙ってやっているのでしょうけど、映画が観たいか特撮やオマージュが観たいかで完全に賛否分かれるでしょう。
ベーターシステムを滝があっさり解読してゼットンを倒すラストも、駆け足すぎで映画としては盛り上がりに欠けます。
また、公開前予告で斎藤工演じる神永新二が哲学・人類学の名著レヴィ=ストロースの「野生の思考」を読んでいるシーンがあったので、人類を未開人と見立てた哲学的テーマを入れ込むのだろうとは思っていました。
しかしレヴィ=ストロースの思想がわりとそのまんま反映されていたのがちょっと残念。
意図を読み解いていくと構造はなかなか興味深いと思えてきますが、構造面やテーマからも斬新さは感じられませんでした(後の項目で詳しく記載)。
長澤まさみ公開セクハラ?
初代ウルトラマンのフジ隊員が巨大化するシーンのオマージュとしてスカートスーツ姿の長澤まさみを巨大化させましたが、あの辺から映画館の空気が変わったというか、「すべってないか?」という、なぜか観ているこちら側が焦るような気分に…。
そしてスカートで巨大化した長澤まさみが様々な角度からエロ目的でスマホ撮影され、Youtubeにその動画が氾濫する異常事態。
なんか観客がセクハラをしてるかのような撮影と演出(笑)
メフィラス星人が日本人の変態性を謝罪し、動画を削除する流れは笑えるのか笑えないのかわかりませんでした。
さらに斎藤工がメフィラス星人の別次元を探すために長澤まさみの匂いをクンカクンカするシーンは制作陣のフェティシズム(性的嗜好)が投影されているようで爆笑。
長澤まさみ演じる浅見弘子が、気合を入れるとき自らのケツや他人のケツを叩くシーンも、ポリコレ的な逆行感がありました。
劇中で長澤まさみは斎藤工や早見あかりの尻も叩いています。
自分でやるならまだしも他人のケツを叩くのはセクハラですよ(笑)。
シュールな前衛芸術
ラストのウルトラマンとゾーフィの会話も初代ウルトラマンの最終回とほぼ一緒ですが、現代の技術でそのまんまやると前衛芸術みたいになって違和感でした。
ウルトラマンのスペシウム光線やゼットンの不気味な電子音の完コピなど、初代そのままでテンションあがるものもあれば、そうでないものも。
ウルトラマンのデザインは初代のデザインをした成田亨さんの1980年代のスケッチが参考にされているようで細身で不気味な感じが個人的には好きでした。
猫背なのでエヴァっぽさもありましたね。
ウルトラマンが街で猫背で立っている構図は、シュールレアリスムの絵画みたいで興味深いです。
カラータイマーがないのも成田亨さんのコンセプトのよう。どちらにしろ映画で3分区切りでタイマー鳴らすのは難しいですよね。
弱ると体の色が赤→緑に変化するという設定で良かったと思います。
演出・編集・ダイジェスト感
映画『シン・ウルトラマン』で最も残念だったのは、ウルトラマンと怪物の戦いのCGシーン。
特に最後のゼットンとの戦いではアクションも少なく、のっぺりとしたCG映像を見せられているようでした。
予算も『シン・ゴジラ』より少なかったみたいですね…。
また、怪獣が出現してシン・ウルトラマンが地球に現れてからゼットンと戦うまでの流れを2時間弱に詰め込んだせいか、テンポが早いというよりはダイジェスト映像を見せられているような感覚で没頭できませんでした。
あと、シンメトリー(左右対称)の構図が多く、人類と外星人の対立を表現しているようでしたね。
会話中の登場人物のエクストリームクローズアップ(ドアップ)や切り替わりの多さは、人類や個人のアイデンティティに焦点を当てているのでしょう。
あと、iPhoneで撮影した画質の粗いシーンにも意味が見いだせませんでした。
唐突な画質の切り替わりが違和感です。他の素材なかったの?と思いました。
現実と虚構が融合してねえ…
『シン・ゴジラ』『シン・エヴァンゲリオン劇場版』で顕著だった、現実と虚構の融合、現実とアニメ(虚構世界)の融合という素晴らしいコンセプトが『シン・ウルトラマン』だと弱いと感じました。
ネタバレ考察「野生の思考」テーマ
「野生の思考」わかりやすく解説
(なるべく噛み砕いてわかりやすく説明します。)
映画『シン・ウルトラマン』には歴史的名著「野生の思考」はちょっとしか登場しませんでしたが、人類学者・哲学者レヴィ=ストロースの構造主義的な考え方は物語にがっつり反映されていました。
まず「野生の思考」などにみられるレヴィ=ストロースの思想をカンタンに説明します。
構造主義とはレヴィ=ストロースが南アメリカの未開人を研究して得た歴史的な発見です。
かなりぶっちゃけて言うと「西洋文明や科学意外にも非常に優れた考え方ってあるよね」ということで、それが“野生の思考”です(はしょってますがご容赦ください)。
レヴィ=ストロースは、西洋がアジア・アフリカ・南アメリカなど多種多様な部族を支配して西洋文明に染めてしまったことで、科学と同じかそれ以上に重要な別の思考が失われてしまったことを危惧しています。
(厳密には従来の思考の概念と区別すべきかもですが、)
大まかには「多様な豊かさが排除されて人類が様々な文化を失い、1つの型にはめられていくのは良くない」と解釈すればよいでしょう。
(ちょっと難しめの解釈だと→全体の構造のうえに成り立つ野生の思考(関係性が唯一無二の解決方法)が排除され、人類の終焉につながるという思想。)
人種や文化・宗教、LGBTQ、マイノリティなど多様性が重要視される現在では当たり前の考え方ですが、発端はレヴィ=ストロースなんですね。
さて本題は映画『シン・ウルトラマン』にどのように影響しているかですが、
「野生の思考」の「西洋人 VS 未開人」の関係がそのまま「外星人 VS 地球人」に変換されている構図になっています。
つまるところメッセージ的には「人類はウルトラマンやメフィラス星人などのはるか先をゆく者たちの文明・技術に染まるべきではない。人類特有の素晴らしさ、価値を大切にしろ!」いうものになるでしょう。
「野生の思考」に沿って考えると構造的には↓
- 西洋人にあたるのがメフィラス星人やゾフィー
- 抵抗する未開人→禍特対メンバー
- すり寄っちゃう未開人→政府関係者
- 観察者レヴィ=ストロース→ウルトラマン(狭間の存在)
です。
ちなみにウルトラマンである神永新二が狭間の存在と言うのも、レヴィ=ストロースの観察者としてのポリシーである、何かに意味づけをしない中間的な思考からきているのでしょう。
話は戻りますが、全体的にはぶっちゃけ初代ウルトラマンのテーマとあまり変わらないと思いました。
ウルトラマンが戦うことで人類の可能性が排除される。人類が自らの知恵で戦うべきだということですね。
滝がベーターシステム解読し、ウルトラマンと協力してゼットンを倒す流れは、初代の科学特捜隊の兵器を使ったゼットン対峙と大きな違いはありません。
テーマが変わらないのは良いとしても、もう少しメッセージに斬新さが欲しかったです。
私が読み取れていない部分もあるかもですが、正直60年以上前の本「野生の思考」の思想・テーマがそのまんま反映されている印象を受けました。
神話のブリコラージュ
本作はテンポがよすぎてダイジェスト感・ツギハギ感がありましたが、これも「野生の思考」のブリコラージュ(器用仕事)という概念から解釈できます(やや皮肉的な意味も込めて)。
ブリコラージュというのは、何かものを作るとき、他の目的で作られたありあわせの物を組み合わせる手法。(たとえば弓矢でイスの背もたれを作っちゃうなど)
組み合わせのパターンはたまたまあったからという偶然でもあり、同時に野生の思考が介入しているという解釈も可能です。
あり合わせで出来上がったものは計算された製品と比較して唯一無二で、かつ製作者による何らかの思想が込められていることになります。
一般受けするかどうかはさておき、映画『シン・ウルトラマン』もブリコラージュを意識して作られたのかもしれませんね。
(少なくとも庵野秀明や樋口監督はブリコラージュという概念を知っているでしょうし。)
現代神話である初代ウルトラマンや、シン・ゴジラ、エヴァなどの要素を完全に分解せずにぶつ切り状態で接続していったとすれば、ブリコラージュといえます。
むしろ『シン・ウルトラマン』は違和感そのものに価値を見出すのが正しい見方なのかもしれません。
そう捉えることで、スーツ姿の長澤まさみが巨大化や、シーンの唐突な繋ぎなど、シュールレアリスム芸術っぽさとして許容できます。
ブリコラージュはレヴィ=ストロースがシュールレアリスム芸術家たちと出会って考えられた概念っぽいので、この『シン・ウルトラマン』がそこまで考えて作られた可能性は十分あるでしょう。
(ただ仮にブリコラージュという発想が根底にあったとして、面白くなったかは個人的には微妙…。庵野秀明と樋口監督で意思疎通が取れていない結果チグハグになったと言った方が近いかもしれません)
日本文化を喰らうメフィラス星人
山本耕史演じるメフィラス星人が最高だったという意見が多く私も完全同意なわけですが、広い視点でストーリーやテーマを考えた場合、1番怖い存在は間違いなくメフィラス星人でしょう。
なんせ名刺マナーは完璧、四文字熟語を使いこなし、目上にはお辞儀をしっかりとし、ブランコに乗りながら会話すると和む、ということまで熟知しており、居酒屋は割り勘です。
速攻で日本永住権を与えられるレベル。
知能が高いので文化も完コピできるのでしょうが、ここまで真似るとは日本文化が好きなのかもしれません。
しかしこの“好き”が結構怖くて、メフィラス星人からは「末端の未開人の文化に精通している俺かっけえ」という匂いがぷんぷんします。
心までは理解しないまま、文化の上部だけを真似ているようでもあります。
ただメフィラス星人と日本人の文明の差は、当時の西洋と日本と比較にならないほどひらきがあります。
よってメフィラス星人に支配されたら、日本が欧米に支配されたのと比較にならないくらいの速さで文化蹂躙・変容が起こると思いました。
ナルシズムを日本文化に結びつけたのがメフィラス星人の好感度の理由だと思いますが、彼の知能なら文化をなくすのではなく、これまで日本人が積み上げてきたものと全く異質の文化へと、知らぬ間に作り替えることも可能だと思います。
そしてもし彼の中で日本文化ブームが終わったら、日本人や個人が持つアイデンティティ自体が一瞬にして消される気がして恐ろしいと思いました。
ラストシーンの意味・ネタバレ解説
神永新二の意識は何処に?
ラストではウルトラマンが自らの命を投げうってゾフィーに分離を頼み、神永新二を生かす選択をします。
ここで、神永新二の意識は今までどこに行っていたのか?という疑問が湧きますね。
初代ウルトラマンでは、最終回でハヤタ隊員がウルトラマンとしての記憶を一切失っているという衝撃的なラストでした。
個人的な解釈では、『シン・ウルトラマン』ではずっと“融合”と言っていたので、劇中ではウルトラマンの人格だったわけではなく、あくまで新二と融合した人格だったのだと思います。
そして今後ですが、ウルトラマンの思考パターンを得た新二は人類をより良い方向に発展させていくのではないでしょうか。
続編があるとすれば、新二が人類をどう導いていくかがテーマになるのかもしれませんね。
シン・ウルトラマンのトーテムは人類
「野生の思考」の考え方を応用すると、シン・ウルトラマンのトーテムは人類だと解釈することもできて興味深いです。
ネイティブアメリカンなど部族が部族と野生生物の性質を結びつけるのがトーテミズムという概念で、タカやフクロウなど対象となる動物のことをトーテムと呼びます。(トーテムポールもこれです。)
劇中でゾフィーが「人間が進化したら我々のようになる…」っぽいことを言っていました。人類の起源とウルトラマンには何らかの関係があるのでしょう。
だとすればウルトラマンが人類にシンパシーを感じたのは「なんか人類が祖先に思えるから」という理由もありえます。
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