映画『ある男』は3年間過ごした夫がまったくの別人だとわかり、正体を突き止めていくサスペンス・ヒューマンドラマ!
重厚なテーマを完璧に描き切り、キャストの演技もすばらしい大満足の内容でした。
作品情報・キャスト・あらすじ、ぶっちゃけ感想・評価、深掘り考察:ラストの本当の意味、ルネ・マグリットの絵画やワインのラベル解釈、ストーリーネタバレ解説、を知りたい人向けに徹底レビュー!
(※前半はネタバレなし、後半はネタバレありです。お好きな項目から読んでください)
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映画『ある男』作品情報・キャストと演技の印象
英題:『A Man』
ジャンル:サスペンス・ヒューマンドラマ
年齢制限:G(となたでも視聴可能)
監督:石川慶
脚本:向井康介
原作:平野啓一郎
石川慶監督は妻夫木聡主演の『愚行録』(2017)が評価され、『蜜蜂と遠雷』(2019)で日本アカデミー賞の優秀賞を獲得。芳根京子主演の『Arc アーク』(2021)も話題になりましたね。
個人的には本作『ある男』は最高傑作だと思います。
ある男/キャスト・登場人物
妻夫木聡:城戸章良役→渋い妻夫木さんが帰ってきました。在日3世で弁護士の役柄で自らの葛藤をふるえるほどに表現していました。
安藤サクラ:谷口里枝役(ある男Xの妻)→前半は安藤サクラさんの無双状態。ある男と家庭を築いていく彼女の表情はリアリティがものすごく、引き込まれました。
窪田正孝:谷口大祐=ある男X役→中盤でみせる狂気の表情がものすごかったです。
眞島秀和:群馬の旅館経営者・谷口恭一役→イヤなキャラクターを完璧に演じきっていました。2022年は『それがいる森』Netflix『金魚妻』『大怪獣のあとしまつ』などに出演されてましたね。
小籔千豊:城戸の相棒の弁護士・中北役。本作唯一のコミックリリーフ。緊張感を適度に取り除いてくれていました。
柄本明:小見浦憲男役。刑務所で服役中の過去に〇〇をした人物→城戸を罵倒するシーンの迫力がすごすぎ。完璧なキャスティングです。映画『シャイロックの子供たち』でもすごくいい味出してました。
清野菜名:スナックで働く後藤美涼役。どこか哀愁がただよう清野菜名さんの新たな一面がかいまみえました。2022年は『キングダム2 遥かなる大地へ』の羌瘣役が絶賛されるいっぽう、実写『耳をすませば』は映画自体の評価がかなり微妙な感じに…。
でんでん:ボクシングジムの会長役。『冷たい熱帯魚』役柄が印象的ですが、今回はクセの強さを抑えています。でもやっぱりクセが強い(良い意味で)。
真木よう子:城戸の妻役→相変わらず妖艶な魅力。真木よう子さんは「日韓の歴史を勉強して日本人であることが恥ずかしい」という発言がかなり物議を醸してますが、女優としてはやっぱり華がありますね。しかしこの発言が映画の内容に沿っているのは狙ったのか?はたまた偶然なのか?
河合優実:ある男の昔の友人役→2022年公開作では老人の安楽死を描いた『PLAN 75』、横浜流星主演の水墨画映画『線は、僕を描く』、川村元気監督の『百花』などたくさんの作品に出てブレイク中のイメージ。
ある男/あらすじ
下の子どもを失って離婚し、実家の文房具店を手伝う里枝(安藤サクラ)。ある日、画材を買いに谷口大祐(窪田正孝)という男がやってきます。
谷口大祐は顔に傷がある無口な男で、林業で働きはじめました。
大祐と里枝はお互いにひかれ始め、結婚。
3年がたち、里枝の連れ子・悠人(坂元愛登)のしたに娘も生まれ、大祐は幸せな家庭を築いていました。
しかしある日、大祐は切り倒した木の下敷きになって死亡。
1年後、弟・大祐の死を知って線香をあげにやってきた兄・恭一(眞島秀和)が遺影を見て、「大祐ではない別人だ」と言います。
里枝は大祐がまったくの別人だったと知り、大きなショックを受けました。
里枝から夫の正体を調べてほしいといわれた城戸弁護士(妻夫木聡)は、ある男Xについての驚きの事実を知るのでした…。
ネタバレなし感想・海外評価
期待以上のクオリティに大満足。
- 濃密なヒューマンドラマ
- ある男のミステリー
- 重厚なテーマ
この三拍子がそろった傑作です。
2022年公開の邦画では広瀬すずさん主演の『流浪の月』を超えました。
同じくミステリー・ヒューマンドラマ映画『沈黙のパレード』がなしえなかったことを完璧に表現できていたと思いました。
これなら日本アカデミー賞で年間最優秀作品賞も狙えるでしょう。
ぜひ劇場で視聴してください!!!!
おすすめ度 | 95% |
演技 | 96% |
ストーリー | 95% |
※以下、『ある男』のストーリーネタバレありなので注意してください!
映画『ある男』ネタバレ感想・評価
窪田正孝演じるある男Xと、彼の正体を探る妻夫木聡演じる在日朝鮮人の弁護士の対比で重厚な物語に仕上がっていました。
内容は単なるミステリーでなく人間の尊厳やアイデンティティへの哲学的な問いかけに心を揺さぶられます。
人を定義づける名前が無くなったとき、その人はどう存在するのか?
そんな難解なテーマを正面から描き切ることに成功した稀有な作品だと思いました。
近年の邦画でありがちな言葉で全部説明しちゃうダサい感じはなく、しっかりと映像で説得力のある答えを提示しているのもすごい。
自分の背中を見つめる男の絵画や、ワインのラベル詐欺(考察の項目でも詳しく解説)などのメタファーの巧みさも相まって、理屈を超えた葛藤が感じられるのです。
ある男Xと入れかわっていた大祐の周辺人物まで枝わかれしていく複雑な物語ですが、それぞれの人物の葛藤がくみとれるため奥行きのある物語に仕上がっています。主人公は妻夫木聡ですが群像劇ですね。
ヒューマンドラマとしては、ある男の息子・悠人が「悲しくないけどさびしい」と安藤サクラに吐露するシーンでは超感動。
最愛の夫、最高の父の名前や経歴がすべて偽りだったと判明しますが、彼はかけがえのない絆をくれたという切なくも力強いメッセージが感じられました。
柄本明演じる刑務所の小見浦が、城戸を徹底的に差別してバカにするシーンもすさまじかったです。もっとすごいのは荒っぽいやり取りの中に一定の真理が含まれていること。
ほかにも城戸と中北が死刑囚の絵画展を開催するなど、本作には倫理だけでくくれない問題提起がなされています。視聴者が人生や人間について深く考えるきっかけを与えるという意味でも非常に価値がある作品だと思いました。
『ある男』考察(ネタバレ)
ラストの意味/ワインのラベルや浮気
ラストで妻夫木聡演じる城戸はバーではじめてあった男性相手に、ある男Xのように自分が谷口であるフリをしました。
「私は〇〇です」と名乗る瞬間に映画が終わります。
城戸は在日朝鮮人3世という境遇へのこれまでの葛藤に加え、妻・香織(真木よう子)にも浮気をされて心の糸が切れてアイデンティティを捨て去りたくなったのでしょう。
城戸が何と名乗るかは視聴者に委ねられます。
彼の行動原理はいくつか解釈できますが名前と経歴を入れかえても失われない何かに、自らのアイデンティティを見いだそうとしたのでしょう。ある男Xのように。
城戸と中北(小籔千豊)はある男と他の男の入れかわりを、ワインのラベルが貼りかえられたと表現していました。
しかし本当に重要なのはラベル(名前や経歴)ではなくワインの中身です。
ある男Xは谷口大祐として3年間生活し、里枝と結婚して息子・悠人、娘とかけがえのない時間をすごしました。
彼が精一杯生きて手に入れた家族の絆こそがワインの中身です。ラベル(死刑囚の息子)とは関係ない人間性の本質なのです。
城戸はそのことに気づくと同時に、「在日朝鮮人3世で人権派弁護士で美人な妻と息子を持つ男はラベルではないか?」の疑問が頭から離れなくなったのでしょう。
それが単なるラベルか本質かは、本人の生き方や自信次第です。城戸の自信は崩れ去りました。
これまでみずからの名前や存在に疑いのなかった城戸とある男の対比の構図が見事です。
親の罪は子に継承されるか
本作で語られていたのは「人間はがんばれば変われる」というありがちなテーマではありません。
変えたくても変えられないものを持つ者たちの葛藤です。
具体的には親の罪は子に継承されるかを問うているのでしょう。
城戸が別人のふりをしたラストからも明らかで、彼のなかでも明確な答えは提示されていないです。
あなたは「いやいや。親は親。子は子。子どもが親の罪を考える必要はないよ」そう思うかもしれません。
もちろん法律上はそうですが、世間の対応や心象は違います。
考えてみてください。もし一家惨殺犯の息子が隣に住んでいたら少し警戒してしまうかもしれません。
そしてだれもが経験あるでしょう。親のちょっと嫌な部分を受け継いでしまったと悟る瞬間が。
窪田正孝演じるある男はその究極系です。
ある男は死刑囚の父と瓜二つに成長して苦しんでいますが、ボクサーである彼の試合をみると暴力性は非常に高く、何らかの性質を受け継いでいるかのように描写されています。絵についても完全に死刑囚の父を受け継いでいるようです。
かなりドライな言い方をしてしまえば、親と子どもが関係ないなんて絵空事でしかありません。出生がその人の生き方に影響しないというのも綺麗事です。
(橘玲さんの著書「言ってはいけない―残酷すぎる真実―」(2016)でもこのタブーはデータつきで存分に語られています。)
親から受け継いだ負の遺産を背負ってどう生きていくかのテーマに真正面から挑んだのが映画『ある男』なのでしょう。
在日朝鮮人への逆説
また弁護士の城戸は「在日だろ」と刑務所の小見浦(柄本明)に見抜かれたうえに、「在日っぽくなくふるまっているということは、在日っぽいということ」と逆説的な言葉をなげられ、葛藤の迷路にさそいこまれます。
本質は変わらないという侮蔑だけでなく、在日を隠している城戸に「在日を恥じている」と突きつけているのです。
もちろん在日朝鮮人のかたにはなんの罪もありませんし、隠す必要もないです。
ただ世間で面倒だから隠すしかなかったこともあるでしょう。
そんな境遇の人に「隠しているということは、血を恥じているといこと」と正論を言うのは卑劣な行為です。
いっぽうで親からの血筋への葛藤を表現し、親の罪のテーマと重ねあわせることで物語のメッセージがより深くなっています。
人はだれでもおのれの出生に不満を持たずにはいられません(家柄・美貌・財力・頭脳すべて持っていれば別かもですが)。
不満と向き合ってどう生きていけばいいのか?
そんな答えが出ない疑問が映像で表現されていました。
罪の終焉
窪田正孝演じるある男Xが幸せな家庭を築いたことで、親の罪の終焉がつたわってくるのが本作の救いであり、ひとつの答えです。
「ある男Xは頑張ったから幸せを手に入れた」と言葉で説明できるほど安っぽいものではありません。
彼の生き方によって人生の本質が浮かびあがる素晴らしい映画でした。
そして、生まれや境遇によって苦しむ人たちが確かにいるとヒシヒシと伝わってきました。
ルネ・マグリットの絵画「複製禁止」
男がのぞく鏡の中には背を向けた自分しか見えない。
ルネ・マグリットの絵画「複製禁止」は何を表現していたのか。
解釈はいろいろできますが、アイデンティティは鏡に映らない!というメッセージでしょう。
自分は何者か、存在を定義づけてくれるのは家族や友人など他者です。
自分で自分が何者かを考えても答えは出ません。
里枝や悠人という家族の存在により、ある男Xは確かに存在しているとわかりました。
しかしアイデンティティが揺らいでいる城戸はどうでしょう?
彼はある男と自分の存在を対比してしまい、ある男を追ってある男になってしまったのです。
ルネ・マグリットの絵画はこのような意味をストーリーに持たせていたと思います。
ルネ・マグリットの絵画「複製禁止」については動画でも語ってます。短いのでぜひ。
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