映画『アラビアンナイト 三千年の願い』は孤独な女性文学者が魔法のランプの魔人と出会い、物語や神話の意味に気づいていく斬新な作品!
『マッドマックス 怒りのデスロード』を大ヒットさせたジョージ・ミラー監督の最新作はなんと魔法のランプモチーフのファンタジー!
作品情報・キャスト
ネタバレなしの感想
視聴してのぶっちゃけ感想・評価(ネタバレあり)
何が言いたいの?ストーリーの意味を考察
物語ネタバレあらすじ・ラスト結末解説
これらの情報を知りたい人向けにわかりやすくレビューしていきます!
(前半はネタバレなし、後半はネタバレありです。お好きな項目から読んでください)
これから観る方の参考になるよう、作品についての視聴者口コミ・アンケートも投票お願いします↓
映画『アラビアンナイト 三千年の願い』作品情報・予告
制作国:オーストラリア・アメリカ
上映時間:108分
原題:『Three Thousand Years of Longing』
ジャンル:ファンタジー
年齢制限:PG12
監督:ジョージ・ミラー
脚本:ジョージ・ミラー/オーガスタ・ゴア
原作:A・S・バイアット「The Djinn In The Nightingale’s Eye」
撮影:マーガレット・シクセル
ジョージ・ミラー監督は『マッドマックス 怒りのデスロード』『ベイブ 都会へ行く』アニメ『ハッピーフィート』などで有名。
マッドマックスシリーズの続編『フュリオサ』も2024年に公開予定です。
『アラビアンナイト 三千年の願い』キャスト
魔人のジン|イドリス・エルバ
©︎ユナイテッド・アーティスツ・リリーシング
ウィル・スミスに続いて魔人を演じるのはイドリス・エルバ。本作ではなんともいえない哀愁と愛嬌がただよっています。
『モリーズ・ゲーム』『マイティー・ソー』シリーズ、『ザ・スーサイド・スクワッド 極悪党、集結』『ビースト』『ザ・ハーダー・ゼイ・フォール: 報復の荒野』などに出演しています。
近年はイドリス・エルバの起用が増えてきていますね。そろそろモーガン・フリーマン的な立ち位置に収まりそうです。
アリシア|ティルダ・スウィントン
©︎ユナイテッド・アーティスツ・リリーシング
孤独な女性文学者として、やはりティルダ・スウィントンはハマり役です。
彼女は『フィクサー』(2007)でアカデミー賞助演女優賞を獲得。『ナルニア国物語』シリーズの魔女役でも知られています。
近年はマーベルのドクター・ストレンジシリーズや、ポン・ジュノ監督の『オクジャ/okja』、ウェス・アンダーソン監督の『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』に出てましたね。
映画『アラビアンナイト 三千年の願い』あらすじ
古今東西の物語を研究するアリシア(ティルダ・スウィントン)は、トルコの公演で客席に不思議な魔人を見つけて倒れる。
気絶しただけでなんともなかったアリシアは、土産物屋で青いビンを見つけ、気に入って購入した。
ホテルでそれを磨いていると、ビンのフタがはずれ、中から長い期間とじこめられていた魔人(ジン,イドリス・エルバ)が現れた。
ジンは、「3つの願いを叶えよう」と言う。しかしアリシアはジンの存在に半信半疑だった。
ジンはなぜ自分がビンに閉じ込められたのか、驚愕の過去を語り始める…。
ネタバレなし感想・海外評価
文学者と魔人の対話がメインで、『マッドマックス怒りのデスロード』みたいな痛快作を期待すると肩透かしを喰らいます。
正直、イドリス・エルバ演じるジンがバスローブ姿で1時間くらい過去の回想を語る流れは退屈でした。
語りや過去の回想を通じて、「物語の意義とは?」みたいな非常にかた苦しくて難解なテーマが語られます。
物語についてのすごく深い思想や洞察があり、感慨深いのですが、面白い映画かと言われると首を縦にふれません。
おすすめ度 | 54% |
世界観 | 78% |
ストーリー | 60% |
IMDb(海外レビューサイト) | 6.7(10点中) |
Rotten Tomatoes(海外レビューサイト) | 批評家 71% 一般の視聴者 73% |
メタスコア(Metacritic) | 60(100点中) |
※以下、『アラビアンナイト 三千年の願い』のストーリーネタバレありなので注意してください!
映画『アラビアンナイト 三千年の願い』ネタバレ感想・評価
物語論についてはかなり深いものが感じられました。映画についての映画ならぬ、物語についての映画です。
主人公が語る物語の中で魔人が語る入れ子構造もたくみですし、多様な解釈ができるラスト結末に物語の使命とは何か?を深く考えさせられます。
問題はイドリス・エルバとティルダ・スウィントンがバスローブ姿で語り合うだけの前半。
ジンが過去を語るにしても、ジンの独白を減らしてその当時の映像と会話だけでみせる方法もあったはずです。
本作の場合は語り・語り部それ自体がテーマなので、ずっとジンが独白する演出を選んだのでしょう。
しかし観客が語り手がすぐ近くにいると意識させられている状態では、壮大な物語が寝るまえに子供に読み聞かせる絵本くらいのインパクトしか持ちません。
寝落ちしそうになるのを必死にこらえる羽目になりました。ここが許容できるかどうかで本作の評価が大きくわかれそうです。
ストーリー全体としては、子供の死産(おそらく)とパートナーの離婚を経験して孤独になった女性が魔人と恋をする内容なのですが、それはあくまで表面上であり、ひたすら物語、語り部・愛の三つ巴が織りなす思想を突きつけていたように感じました。
すぐに答えが出るようなテーマでなく、構造主義の哲学者がえんえん考えるような「物語の意味・神話の役割」みたいなことを映像で表現しようとしていたのだと思います。
ジンが本当に存在するのか?そんな疑問は本作にとって重要ではありません。
次の項目では、本作が一体何を伝えようとしていたのか考察していきます。
考察(ネタバレ)
物語と物語の無限循環
まずアリシアとジンが恋愛関係になった意味ですが、これは物語論(ナラトロジー)を研究するアリシアにとって必然の選択だったように思えます。
ジンという物語そのものと愛し合い、その物語に刻まれることこそ、物語を愛し研究する者の究極というわけです。
さらに、アリシアはジンの物語を書き記していました。
こうして①ジンの物語→②ジンとアリシアの物語→③その物語を映画館で観た私たちの物語と、物語がそれぞれの枠を破壊して交わりながら、永遠に循環していくわけです。
ジンやアリシアたちの存在は、私たち鑑賞者の心に残ります。現実も虚構も関係なく生き続けるのです。
それこそが、物語や映画の意味だと思いました。
ジョージ・ミラー監督は、「いつしか自分がいなくなったときも映画のなかにその面影を発見されるような存在になりたい。物語を紡ぎ、紡がれたい」という思いを持っていたのではないでしょうか?
数字の「3」の意味:物語・語り手・愛
本作では3という数字は神聖だと語られていました。
キリスト教でも三位一体などの教えがあり、さまざまな意味が込められているのでしょう。
私は、物語、語り手、愛によって3という数字が構成されていると思いました。
物語があっても語り手がいなければその物語は消滅します。
語り手がいても愛を持って聞いてくれる人がいないと、やはり物語は消滅します。
逆に3つの要素がそろっていれば、命は果てても物語は永遠に生き続けるでしょう。
映画と鑑賞者の関係も同じですね。
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