『ターミネーター』シリーズを鑑賞した後で僕の頭にこだましているのは恐怖。それも、圧倒的な恐怖である。
機械と人間の争いの物語であるターミネーターが、2045年問題(シンギュラリティ)と重なり、買い物している最中とかに、立ちすくんでしまうのだ・・・
そこで、2045年問題における人類の課題と、その背後にいるターミネーター。そしてラスボスのフレディ・マーキュリーについて本気で考えてみた。
AIが人間を超える2045年問題/シンギュラリティ
そもそも、2045年問題とは何か?カンタンにいうと、A.I.(人工知能)が人間の能力を超える問題だ。技術特異点(シンギュラリティ)とも呼ばれる。つまり、人間が作るA.I.より優れたA.I.を、A.I.自身が作り出せる状態ということ。
「だいたい2045年くらいに来るっしょ!」えらい博士たちがウワサしており、2045年問題と呼ばれている。
この問題は、コンピューターが普及したての結構前から言われており、スカイネット(A.I.)に人類が負けそうになるターミネーターシリーズも大まかにいえば、そのテーマを扱っている。
2045年問題についてよくいわれているのが、A.I.に人間が支配されちゃう説である。ターミネーターは映画でみても怖いのに、リアルで実現したらどうしよう!少なくてもT-1000とは友達になれそうにない・・・
2045年問題の一般的な認識
2045年の本当の問題はもっと奥に?
2045年問題でシュワちゃん(T-800)やT-1000がリアルになる可能性を聞き、「もう学校に行かなくてもいいや!」と思ってしまった高校生がいるかもしれない。
しかし、単純に本当にターミネーターのように、スカイネット(人類を敵視するA.I.)が登場するとは限らず、人間とA.I.は、今まで通り共存できるともいわれている。映画でイメージするとジョニデの『トランセンデス』とか、ホアキン・フェニックスの『her』の世界観に近い。
A.I.と一体化して暴走するジョニデ
A.I.の彼女と楽しそうなホアキン・・・
ただ、僕がビビっているのは、つぎの項目で説明するもっと根本的な問題だ!!
芸術と快楽の暴力?フレディ・マーキュリーのA.I.が誕生したら
僕が考える2045年問題の恐ろしいところは「もう人間いらなくね?」「てか、人間になんか価値あんの?」という状態に人間自身が陥ってしまう可能性があるという点だ。
人間は肉体的にショベルカーや車に叶わない、チェスや将棋でも、もう世界のトップレベルのプロでもA.I.に勝てない。それでも今は、創造性や芸術性という面で圧倒的に勝っている!
しかし、2045年問題が実現すれば、物語制作、作曲、ポエムなどもA.I.にボロ負けてする可能性がある(現時点で作詞作曲できるA.I.もいるし)。その分野で人間が負けてしまったら、人は何を夢や目標に生きればいいのだろうか!?
つまり、A.I.が書いた小説の方が面白く、A.I.が作った曲の方が感動する!そんな未来になるかもしれないんだ。
A.I.が作るターミネーターの続編を人類が楽しみに待つというシステムは結構笑えない。それどころか、心を揺さぶる人の歌声までA.I.とロボが再現してしまったら、それはウィー・ウィル・ロック・ユー時代の幕開けとなる。
その未来で怖いのはターミネーター ではないんだ。シュワちゃんが現れた場合はまだわかりやすい。シュワちゃんと争うのか、友達になって一緒にT-1000を倒すかのシンプルな2択になるからだ。
友達になればこっちのもの( ´∀`)
しかし、フレディ・マーキュリーのA.I.が街中で突然歌い出したら、僕らはドンドンチャッしたい!という欲望を制御することができるのだろうか!?第一これじゃあ仕事にも学校にもいけない。
突如、街中ではじまる宴!!o(`ω´ )o
フレディA.I.によるキラー・スマイル
昼夜問わず、365日そのへんの道端で開催されるクイーンのライブ。圧倒的歌唱力がもたらすその陶酔感にあらがう術はあるか?人類はフレディのシャウトによるカタルシスから、永遠に解放されないのではないか?
断言しよう、人類はフレディのA.I.に支配される。
2045年問題以降の真の恐怖とは、人類が生きる目標を失い、タンクトップを着て熱狂してばかりいることなのだ!
人類はフレディ・マーキュリーのA.I.に勝つことができるのか!?
いや、もういっそのこと、フレディに支配された方が幸せなんじゃないか!?
みんな一日中ロックしながらはしゃぎ回るのは、それはそれで楽しそうだ。日本は1億総快楽主義!最高かもしれない!
冒頭の結論を変えよう!僕はもう怯えない!ロジカルに考えてみたら、旧石器時代→中世→近代→現代のつぎは、ウィー・ウィル・ロック・ユー時代だからだ!
早く来い2045年!
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