スティーヴン・スピルバーグ監督の映画『レディ・プレイヤー1』は、何も考えずに最高に楽しめるSFアドベンチャー映画だった。
オアシスと呼ばれるヴァーチャル世界は圧巻で、何でもあり!
140分というちょい長めの作品でありながら、いろんな映画のオマージュが豊富で見どころ満載。終始退屈しなかった。
イマイチと感じる部分もあったが、その考えってもしかして、エンタメ作品を素直に楽しめない大人になっている証拠じゃないかと思い、反省。
この記事では映画『レディ・プレイヤー1』の素晴らし部分と、イマイチな部分、そして楽しめなかったのはどんな人なのか?
さらに、結末の裏に隠された、創造主ハリデー(マーク・ライランス)が示した未来の可能性について語っていく。
映画『レディ・プレイヤー1』の謎に隠された答え!
パーシヴァル「あなたは死んだのは本当?」
ハリデー「本当だよ」
パーシヴァル「あなたはアバター」
ハリデー「違うよ」
この会話が意味するところは何か?疑問に思った人が多いこのシーンを考察してみる!!
アバターだけでも存在できる
オアシスにアバターとしてずっと存在することができるのだ。これが、ハリデーがオアシスでもとの意識のまま過ごせている理由だろう。
肉体がなくても脳のデータをオアシスに全てインストールできれば、理論上はずっとそこに存在できる。
現実世界でのコミュニケーションがうまくできなかったハリデーは、自然死ではなく、自らのデータをオアシスに移行し、そこで幸せに暮らしたのだろう。パーシヴァルに会って役割を終え、ようやく天国へ旅立ったのだ。
『レディ・プレイヤー1』の謎はここで解き明かされた。
現実世界に希望を持てない人は、脳を丸ごとオアシスに移行しちゃえばいいのだ。
これがハリデーの謎に隠された、ヴァーチャル世界の意義に対する回答だとおもう。
ヴァーチャルは死後の世界として機能する可能性がある。
それにしても本作は、ノーラン監督のSF映画テネットと同じくらい、たくさんの思考実験ができる。
しかも「最高にハイってやつさ〜」的な楽しい世界。
『レディ・プレイヤー1』は僕たちに死を超えた可能性を示してくれたのかもしれない。
映画『レディ・プレイヤー1』キャラ発見ゲームの魅力
『レディ・プレイヤー1』は、映画そのものをゲームとして楽しめる。
実在するいろんな映画の素材を、オアシスという世界に投影しているので、キャラクターやアイテムの発見ゲームとして遊べるのだ。
友達や家族で映画を観て、いくつ発見できたか競い合うことができる!
スピルバーグは、スクリーン上でワイワイ騒ぐ観客の姿を想像してニヤニヤしながら『レディ・プレイヤー1』を制作したのだろう。
コイツは本当にいいヤツである。
特に興奮したのが、主人公のパーシヴァル(タイ・シェリダン)がレースで運転するデロリアン!この車で冒険するなんてバック・トゥ・ザ・フューチャー好きにはたまらん!
他にも別の映画のキャラやアイテムが軽く100以上登場しており、何回も見直す楽しさが生まれる。
シャイニング世界への突入は最高
映画『レディ・プレイヤー1』で個人的にテンションMAXになったのが、スタンリー・キューブリックの傑作『シャイニング』の世界が登場するパート。
シャイニングのホテルの映像がなんと、キューブリックが撮影したものと区別がつかないほどのクオリティ・・・まさか、本物使ってない!?
実在する映画をそのまま再現し、そこでCGのキャラクターがアドベンチャーするというのが斬新かつ最高!
きっとスピルバーグは、いまの若い世代にシャイニングを観てほしいのだろう。
こういったVFX(映像)技術が発展すれば昔の映画の映像にそのまま入り込む映画が増えるだろう!
映画ファンとして、ものすごい可能性を感じた。マンガでいうと、同人誌みたいな感覚かもしれない。
2001年宇宙の旅の映像と舞台の中で、ビフォア・サンライズのような男女の会話劇が繰り広げられるような、同人映画みたいなものが制作されても面白いと思う。(版権の問題をクリアできればだが。そこそこヒットしそうだし)。
映画『レディ・プレイヤー1』微妙な点考察・評価(ネタバレ)
映画『レディ・プレイヤー1』は基本的にめちゃくちゃ楽しい映画なのだが、イマイチに感じたポイントもあったので解説していく。
ログインパスワードが貼ってある
ウェイドたちを邪魔してヴァーチャルの世界を牛耳ろうとしているソレント(ベン・メンデルソーン)。
彼は、自分専用のマシンのログインパスワードを椅子に貼り付けており、それをウェイドに記憶されるのだが、この設定は子どもが楽しめるエンタメ映画とはいえ、少々幼稚かな〜と思ってしまった。
最近の子ども達は小学生でパスワードを机に貼るなと習うだろうし・・・
そして、IOIというソレントの会社はセキュリティガバガバで、主人公たちは社長室を含めいろんな場所に簡単に入り込めるという・・・
ヴァーチャルと現実のギャップがあるキャラが少ない
エイチというキャラがパーシヴァルに、ヴァーチャルの女に本気になるな!と馬鹿にしていたにもかかわらず(エイチがパーシヴァルを好きだったのかもしれないが)、フタを開けてみるとパーシヴァルが好きだったアルテミスは、現実でも普通にかわいい。
ヴァーチャル上から現実世界に移動した主要メンバーたちは、リアルでも見た目や年齢的に近く、違和感なく付き合うことができた。一人ガキがいたけど彼も馴染んでいた。
ヴァーチャルでも現実でも友情を育めて、確かにハッピーなんだけど、リアルでは仲良くなれない!的なシーンがあってもよかったと思う。
よくあるネットゲーム上の女の子と現実世界で会ったら幻滅したという面白さがない。
『レディ・プレイヤー1』を楽しめなかったのはこんな人
結末への疑問を語りながらなんだけど、その疑問を感じちゃってる人って、映画を理屈で見ちゃってる節があるのではないか(僕も含めてだけど)。
スピルバーグは、単に子どもたちが楽しめる最高の映画を作ろうとしただけで、小難しいテーマなど要らん!高級料理にハチミツをブチまけるようだ!と考えているかもしれない。
歴代映画のヒーロー・ヒロイン・ガジェットが存分に楽しめて臨場感抜群!最高のエンタメである『レディ・プレイヤー1』にそんな疑問を感じている人は、言ってしまえば、IOIのソレントそのもの(敵役の社長)。エンタメを壊す側の人間なのかもしれない。
もちろん深いテーマを持つ作品も好きだけど、シンプルに観て楽しむだけの映画も必要だ!
「年を重ねてもこういう作品に文句ばかり言う大人にはならないようにしよ!」
映画『レディ・プレイヤー1』ラスト結末への不満
映画『レディ・プレイヤー1』で僕も含めいろいろな人が感じた大きな疑問は、「ヴァーチャルだけでなく、現実での触れ合いも大切にしよう」というラストの締め方。それはそうだけど!という印象。
個人的には、きたるA.I.時代に備えて、ヴァーチャルの世界への意義についてもっと触れてほしかった。
世の中にはいろんな事情で、本当に現実世界に希望を持てない人も居るだろうし、そんな人のための答えを提示してほしかった。
2045年問題(技術特異点・シンギュラリティ)につながるが、30年後にはA.I.がさらに進化し、人間の脳みそと一緒に機能することができるようになるだろう。オアシスのような非常に高度なヴァーチャル世界も現れるだろう。
そのとき、単純に「現実も大切だよね〜」という綺麗事だけにはならないはず。
すると頭の中にハリデーが現れ、答えを教えてくれた!
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