クリストファー・ノーラン監督の映画『ダンケルク』(英題:Dunkirk)。ノーランがやってくれた!という感じで、非常に完成度が高い傑作になっていた。
青のコントラストが強めの映像がとにかく素晴らしく、戦争のリアリティと、海や空、それから人間の美しさをしっかりと捉えている。
この記事ではそんなダンケルクの演出の妙と、考えさせられるポイントや、疑問点を主に取り上げて考察・解説していく。
映画『ダンケルク』静かな音楽を切り裂く銃声/オープニング解説
冒頭、主人公のトミーが街中で歩いているシーンで、音量を絞ったゆったりとしたリズムの音楽が流れていて、それはまるで、トミーの外の世界と隔絶されたような、内なる空間を表しているようだ。
気持ちを内側に向けることで、現実から目を背けたいのだとわかる。
そこへ、一発の銃声が鳴り響く(石造りの建物に銃弾が当たる音までものすごくリアル、思わずドキッとしてしまう)。
現実逃避したいのか、ぼーっと歩いていたトミーが、一気に現実に引き戻される。この演出が本当に素晴らしかった。
クリストファー・ノーラン監督は、映画の冒頭に、緊張感のピークを迎えるようなシーンを毎回持ってきていて、観客を引き込むが(インセプションやダークナイトなども)、今回もそれが大いに成功していたように思える。
この音量が静かなシーンから、大きな銃声や爆撃で静寂が一気に破られるというのは、その後、15分ほど続くのだが、ブルーレイで観ていると、音量の調節に困るほどだった。
映画『ダンケルク』ネタバレ考察/3つの軸で体感時間をずらす
ダンケルクでは、場所・時系列・体感時間の”ずらし”が効果的に行われている。
陸(トニーたち兵士)、海(民間船のドーソン)、空(戦闘機のファリアら)という、3つに分かれて物語が進行していくといえばわかりやすいだろう。
時系列の例を言えば、先にパイロット側の視点で海に不時着するシーンを入れ、そのあと、民間船の人の視点から、煙を吹いている戦闘機をみせ、着水点に救助に向かうというものだ。
少しだけ時間をバックさせ、視点も切り替えていることで、時系列は複雑にならず、観やすくなっている。
メメントみたいに時系列を超複雑にする!というよりは、同じ時間と空間で、それぞれの人間がどういう心情なのかを表すためにやっているのだろう。
そして、体感時間をずらすというのも非常に効果的だった。
敵の戦闘機に襲撃されそうな海上のトミーたちが、戦闘機に乗ったファリア(トム・ハーディ)の活躍で助かり、列車で国に帰るまでを描きつつ、ファリアが戦闘機の燃料がなくなり砂浜に不時着しそうなシーンをずっと挟む。
つまり、視聴者側からみると、ファリアの体感時間が伸びているように感じられる(ファリアの5分が、トミーの1日相当。インセプションみたいだね)
無事に帰れたトミーたちがいる一方で、英雄のはずのファリアが敵地に不時着してしまうというのを効果的にみせてくれた。
ファリア以外のパイロットのシーンについてもそうだが、全体的に、戦闘機のシーンがどうなるか!?という結末を、パイロットの視点で引き伸ばしていた(間延びギリギリ)。
映画『ダンケルク』ネタバレ感想・評価
ダンケルクは、よくcall of duty(戦争のゲーム)っぽいと言われることがあるが、登場人物にカメラがかなり寄って撮影しているので、自分も映画の中に入って、物語を体感していく!という視点で楽しむことができる。
ライド系アトラクション映画といえばわかりやすいだろう!
登場人物に乗っかって、ストーリーを進むことができるのだ。
このような、楽しみ方ができることが、ダンケルクが戦争映画なのに異例の大ヒット(500億ドル超)を記録している理由だろう。
少ない会話が生む緊張感
全体を通して、会話が少ない。雑談がほとんどなく、生きるために必要な確認事項や争いの際にしゃべるだけだ。
この会話の少なさが、ダンケルクに大きな緊張感をもたらしていたと思う。
実際に、爆撃されそうだ!という状況下では、人と楽しくしゃべる余裕なんて絶対にないだろう。
ノーラン監督のリアリティの追求は本当に見事だ。最新映画の『TENET』でも、逆再生タイムトラベルを細部に渡ってリアルに再現していたし、完璧主義者なのだろう。
また、会話が少ない分、何が起こっているかというのは、映像で丁寧に説明されており、壮大な光景にどっぷりと浸かりながら、ストーリーを理解できる。
登場人物の名前さえわからない『ダンケルク』
主人公の英国陸軍二等兵の名前はトミーだが、彼の名前は映画の中では出てこない。
主人公だけでなく、ファリア以外のほとんどの登場人物の名前が語られていない。
これは、戦地にはたくさんの人間がいるけれども、名も無き人々が必死に生きようとしていると表現したかったのだと思う。
多くの人々が、名も無いまま必死にもがいている。個人の無力さと戦争の悲惨さがヒシヒシと伝わってきた。
個人のアイデンディティが完全に消され、階級と国籍のみで判断されるなか、何が自分と他人を分けるのか?この疑問は、そのまま現代の日本に投げかけられているようだ。
SNSで個人を主張しながらも、流行りの大元に合わせないと社会に馴染めないような現在の日本で、名前を取り上げられたら、一体何が残るのか?簡単に答えが出る問題ではないが、考える価値は十分にある。
ダンケルクは社会的意義のある傑作なのだ!
映画『ダンケルク』の疑問
死んだ少年は浮かばれるのか問題
ドーソンの船に同行し、救出した英国兵(キリアン・マーフィー)が暴れたことで船内の階段から落ち、死んでしまったジョージという青年についてだが、彼は”浮かばれる”ような死に方だったのか?
英国兵を一人助けたと捉えるべきなのか、混乱の犠牲になったと考えるべきなのか、少し難しい。
ドーソンの息子ピーターは、英国兵にジョージは死んでいないと嘘をついたが、これは英国兵を立ち直らせるためだろう。
でも、ジョージは死んだ事実は変わらず、英国兵に文句を言ってもなにも解決しない。せめて彼の心に負担を掛けないでおこうというのは、個人を超越して人間を集団として見た、めちゃくちゃ合理主義な考え方じゃないか?こういう物語って聖書にあるのか?
知り合い殺されて文句を言わなかったり、相手を責めないという状況は人としてどうなのか?とも思ってしまう。
つまり、個人的な感情は無しに、味方に分かれているだけだということもでき、戦時中の異常さを垣間見ることができる。
死んだジョージは助けた英国兵に殺されたが、新聞に英勇として乗った。このストーリーには、とても複雑な感想が入り乱れる。
ファリアは捕まったあとどうなるか問題
ファリア(トム・ハーディ)は、戦闘機の燃料がなくなったので、砂浜に不時着した。
彼はドイツ兵に捕まっているような感じだったが、その後どうなるのか?拷問とかされちゃうのか?(当時のナチスドイツはやりそうだ)
ダンケルクから33万1226人の兵が脱出した裏には、彼のような自らを犠牲にした勇敢な戦士がいたということを描きたかったのだろうが、ここで一つ疑問が浮かぶ。
ファリアはなぜ、海に不時着しなかったのか?
砂浜のドイツ兵にすぐ捕まるような場所に着陸しなくても、海に不時着できそうだけど・・・
この場所は俺たちのものだ!そう宣言したかったのか?
疲れ果てて、着地場所を選ぶということにすら興味がなかったのか?
最後のまとめ
クリストファー・ノーラン監督の映画『ダンケルク』は、
- 音響効果により臨場感がすごい
- 名も無き人間が困難に立ち向かう姿に、ライドして楽しめる
- 陸、海、空という、3つのストーリーを上手く絡めた
- 現代社会への問題提起
という4点において成功しており、傑作になった。『ダンケルク』は後世に残る名作になるだろう。これからもこんないい映画が作られることを切に願うばかりである。
- サスペンス
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