映画『スラムダンク THE FIRST SLAM DUNK』がなぜ成功したのか?主人公チェンジの理由、賛否両論の3DCG、原作者で監督・脚本をつとめた井上雄彦の挑戦的コンセプトなどの観点から独自解説をしています。
↓映画『スラムダンク』のネタバレ感想・あらすじ解説は下記記事へ↓
映画スラムダンク『THE FIRST SLAM DUNK』(ザ・ファーストスラムダンク)。熱すぎるスラダンがスクリーンに帰ってきた。大画面で湘北メンバーの躍動感ある動き、真剣勝負の感動を味わうことができて大満足です! Cine[…]
現代風にアップデートされた映画スラムダンク
シビアな主人公チェンジの理由
映画『スラムダンク THE FIRST SLAM DUNK』は現代に合わせて完璧にアップデートされた作品だと思いました。
宮城リョータが主人公になった理由は別の記事でも、バスケを始めた遠い記憶と遠い距離(沖縄)を掛け合わせたかったからだと解説しました。
そして井上雄彦(いのうえたけひこ)さんが彼を主人公にすえた理由としてもう1つ考えられるのが、スラダンを現代風にしたかったということ。
桜木花道はもちろん私も大好きですが、バカで自惚れ屋ですごい努力家で…というキャラクターは90年代を象徴しているため、現代風にアップデートするために別の主人公を立てたかったのではないでしょうか。
桜木の視点で山王戦をやるとそれはスラムダンクの再構築というより原作者によるセルフリメイクになってしまう理由もあると思います。
原作やアニメを知っている世代からすれば宮城リョータ視点は微妙だと感じる人も多かったかもしれませんが、逆にいえば桜木でなく宮城目線だからこそ斬新さを感じられたのではないでしょうか。
あとは地方出身主人公のはやりです。
最近の漫画やアニメは地方出身者が結構多いですよね。呪術廻戦の主人公・虎杖悠仁(いたどりゆうじ)も東北・宮城出身ですし、新海誠監督の『すずめの戸締り』(2022)の主人公・すずめも九州出身です。
近年は地方出身の純粋なキャラがわりと多い気がします。
そういったトレンドもあり、宮城リョータを沖縄出身という設定にしてストーリーを再構築したのかもしれません。
ゴリ、流川、三井よりはリョータのほうが純粋そうで地方出身設定にしやすかったでしょう。
賛否両論の3DCGについて
3DCGについては日本では2Dを見慣れている人が多いので違和感を感じたり、そもそも動きが荒いなど厳しい意見もあるようです。
確かに海外の3DCG技術を駆使したアニメを見ていると、すごく劣るというわけではないものの、『スラムダンク THE FIRST SLAM DUNK』は会話などのシーンで滑らかさが足りないと感じることも正直ありました。
それでも3Dは現代版にアップデートするうえで必要不可欠だったと思います。
まず山王戦と宮城リョータの回想がメインという構成なので、視聴者の試合への没入感を極限まで高める必要があります。
実際に映画を見ている人がバスケをプレイしているかのような没入感があるからこそ、回想シーンが走馬灯のように機能してストーリー性がグッと深まるからです。
2Dだと絵の画力的な部分は楽しめるでしょうが、モーションキャプチャーを駆使した3DCGほどの臨場感を出すことはむつかしいでしょう。
個人的には2Dにしたら試合の緊張感が薄れて回想とのメリハリが弱まり、良作どまりだったと思います。
アニメ映画では『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』(2022)も3DCGでバトルシーンの迫力がすごかったですが、今後はアクションが多い作品はどんどん3DCGに切り替わっていくと思います。
原作者・井上雄彦の時間圧縮術
本作は原作者の井上雄彦(いのうえたけひこ)さんによる時間圧縮技術を見せつけられたような作品でした。
説明シーンは抑えつつ、キャラそれぞれのバスケ人生の凝縮だと感じられる内容だったということです。
宮城リョータの回想が多いですが、桜木はもちろん、流川、ゴリ、三井についても試合の中で精神的な克服を果たした成長譚として成立しているのがすごい。
例えばゴリでいえば河田が倒れているゴリのまえでポーズを取るシーンとゴリの表情変化で、ゴリが青春をかけて超えるべき壁だと一発でわかるようになっています。
そしてゴリは後半河田と拮抗。心の成長が非常にあざやかに浮かび上がりました。
セリフは最小限に、5人全員が主役ともいえる密度の濃い物語になっているわけです。
キャラクターやストーリーを知りつくしているからこそ、濃密な映画に仕上げることができたと思います。
言葉でいうのはカンタンですが、実際はキャラの表情、しぐさなど細かい点を極限まで研ぎ澄ます必要があります。
もはや原作者でないと再現できない領域だと思いました。
スラダンの知名度もあって挑戦できた
スラダンがもはや伝説的なコンテンツということもあって、わりと多くの人が漫画やアニメで内容を知っています。
だからこそ伝説の山王戦とリョータの回想という構成に挑戦できました。
試合の極限までの緊張感と過去を対比するというすぐれたコンセプトがあったとしても、仮にスラダンの内容を知らない状態なら没入感は大きく削がれるでしょう。
ロッキー・バルボアの苦労や極限まで追い込む練習を知らずに、アポロ戦から見せられるようなもんですから。
今回の映画スラダンも、漫画とアニメの土壌があったからこそ挑戦できたと思います。
制作陣のTwitterを見ていると「スラダン初心者でも楽しめる」的なことを書いている方もいらっしゃいますが、メインターゲットは明らかに90年代に原作やアニメを見た世代では??
スラダン初見でこの映画はちょっと無理があると思います。
映画スラダンまとめ
映画『スラムダンク THE FIRST SLAM DUNK』は原作の知名度を踏み台にした意欲的な構成とアイデアにより、観客を熱狂させることに成功した原作アニメ化映画の歴史に残る作品でした。
予告の時点で「まさか山王戦だけ見せるのでは?それって映画的にはめちゃくちゃつまらないのでは?」という不安もありましたが、井上雄彦さんのセンスとコンセプトで常識をくつがえす傑作に。
2022年にあらためて『スラムダンク』に触れ、青春スポコンでありながら人間の成長を芸術的な域まで昇華した普遍的なコンテンツというのが正しい解釈だと認識させられました。