2021年アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞を勝ち取った『ノマドランド』。
車上生活者ノマドたちの生活の美しさと厳しさを描いていて、一緒に旅をしているかのような映画だった。彼らの生活は過酷ながらも、壮大なアメリカの景観や仲間に癒される。
あらすじネタバレや、アカデミー賞を受賞した理由。ぶっちゃけ感想レビューを書いてます。
全体の考察や女性で2人目の監督賞を受賞したクロエ・ジャオの過去作や撮影方法も解説。
映画ノマドランドの感想・評価レビュー/ほぼドキュメンタリー
『ノマドランド』は、ジェシカ・ブルーダーが書いた『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』というノンフィクションが原作となっている。さらに主演のフランシス・マクドーマンド以外はほとんど実際のノマドたちを起用した、いわゆる本人キャストだ。
それゆえリアリティはものすごい。というかほぼドキュメンタリーを見ている印象だった。
全体としては、キャンピングカーで各地を転々としている“ノマド”たちの生活が非常にリアルに描かれていて興味深いし、登場人物をアップで映すことも多く、そばで一緒に旅しているような臨場感も味わえて大満足だった。
アメリカの広大な砂漠など、美しい景色も堪能できる。
欲をいえば、ストーリーがもうひとひねりほしかったが、クロエ・ジャオ監督はノマドたちの“等身大”の物語から逸脱したくなかったのだろう。そういうコンセプトなら仕方がない。
2021年にすでにゴールデングローブ作品賞を勝ち取った『ノマドランド』はアカデミー賞作品賞も勝ち取れるだろうか?
個人的には韓国移民を描いた対抗馬の『ミナリ』の方が好きだったし、見せ方も斬新だったのでそちらの可能性が高い気がするが、実際のノマド生活に女優を加えたような『ノマドランド』の新しい見せ方が評価されて獲る可能性も十分あるだろう(※4/26追記 ノマドランドが作品賞受賞!)。
クロエ・ジャオ監督の過去作解説!本人キャストの天才
実話をもとに、落馬して重傷を負ったロデオを描いた『ザ・ライダー』(2017)も世界的に評価されたクロエ・ジャオ監督。
『ザ・ライダー』でも実際に怪我をした本人を主役にすえ、リアルなトラウマをスクリーンに映し出した。主役の人の演技がうまいなあと思っていたら本人だったのでびっくりしたが、リアリティを追求するクロエ・ジャオ監督の手腕が凄すぎるせいもあるのだろう。
本人キャストの素晴らしさが『ノマドランド』でも発揮されて、違和感のある人物はいなかった。先述したが、ノマドたちに演技をさせたというより、ありのままの彼らをカメラに収めたというほうが近いのだろう。
主演女優フランシス・マクドーマンドはインタビューで、ノマドたちと旅しながら撮影したと言っていたし、彼女も監督もノマドになりきったからこそ、等身大の彼らが描けたのかもしれない。
ノマドランドがアカデミー作品賞と監督賞を勝ち取った理由考察!
2021年4月26日のアカデミー授賞式で、『ノマドランド』は作品賞、監督賞(クロエ・ジャオ)、主演女優賞(フランシス・マクドーマンド)の3冠の栄誉に輝いた。
なぜ受賞できたのか?具体的な理由を徹底考察してみる。
作品賞の受賞理由:新ジャンル開拓
作品賞に輝いた一番大きな理由はおそらく「新ジャンルだから」。
現実のノマド(移動生活者・車上生活者)の世界に女優を投入して、ドキュメンタリーとフィクションの中間のジャンルの映画が出来上がった。
それってモキュメンタリー(ドキュメンタリーを撮っているていのフィクション)じゃないか?と思うかもしれない。しかし『ノマドランド』の場合は伝えたいメッセージやテーマは完全にドキュメンタリー寄りなので、モキュメンタリーとは全く異なる。
『ノマドランド』は、ドキュメンタリー的内容を、それに沿ったストーリーで見やすくまとめた斬新な作品なのだ。
あとは、GAFAなどの巨大企業の台頭で失業者が激増し、ノマドと呼ばれる車上生活者や放浪者が増えたアメリカの社会問題の皮肉的な構造に深く切り込んだからだろう。
監督賞の受賞理由:画期的手法
女性としては史上二人目、アジア系女性監督としては史上初のオスカーを獲得したクロエ・ジャオ。
監督賞の理由は、本人キャストにいつもと同じ生活を演じさせる画期的な手法と、それを全く不自然に見せない手腕だろう。
少し大雑把に言うと、実際のノマドたちの輪の中に女優のフランシス・マクドーマンドを投入し、本人たちがいつもと同じ環境の中でセリフなりやり取りをしてもらっていたようだ。
本人たちはいつも通りのテンションで動けばよいわけで、不自然さが出にくい、画期的な手法といえるだろう。
ドキュメンタリーだと、セリフを言わせるのは“ヤラセ”に近いが、今作はドキュメントではなくフィクションなのでヤラセではない。
フランシス・マクドーマンドともう一人の俳優デヴィッド・ストラザーン以外は、全て役者ではない本物の車上生活者を起用したにも関わらず、不自然な演技を見せていた人物はだれもいない。
不自然どころか、それぞれにとても感情移入できる。
ノマドの人々と実際に行動を共にすることで、どんなシュチュエーションでどんなセリフをその人に言わせたら良いのか、クロエ・ジャオ監督はそこまで計算していたのだろう。素晴らしい手腕だと思う。
主演女優賞の受賞理由
フランシス・マクドーマンドは『ファーゴ』(1996)『スリー・ビルボード』(2017)でも主演女優賞を受賞している実力派。
ノマドランドで3回目となり、史上最多の4度受賞のキャサリン・ヘプバーンに次ぐ実績だ。『私というパズル』で出産シーンを熱演したヴァネッサ・カービーは、ベテランのマクドーマンドに譲る形となった。
やや物静かだけど、こだわりを持ち、感情の起伏も若干激しいという難しい役を演じたことが受賞の理由だろう。
彼女の演技力はピカイチだし、世間的にも30年以上前からずっと評価されているので、今回の主演女優賞は下馬評通りだし納得。
実は、もともと原作『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』を映画化する権利を得たのはマクドーマンドで、彼女がクロエ・ジャオ監督に白羽の矢を立てたのだ。
希望も絶望もあるノマドという生き方
『ノマドランド』はノマド生活の素晴らしい面もつらい面も両方描いていて、なかなかシビアだった。
定住する場所を持たず、アメリカの広大な大地を旅できる自由を持つ反面、車が故障して修理費が払えなければ終了。病気や怪我をしたら終了。労働は過酷で低賃金と、良いことばかりじゃない。
アメリカに移り住んできた当時の人々の自由なマインドを手に入れられる反面、さらに歳をとったらどうするのか?という課題も残る。
家族や親戚に面倒を見てもらえればいいが、そうでなければ仕事を続けられなくなった段階で、完全なホームレスだ。
下手したらのたれ死んでしまうこともあるだろう。
ノマドとは希望と絶望が共存する生活なのだ。
ノマドワーカーとAmazonの相互依存
アメリカでは高齢者たちが年金だけで暮らせず、家賃を払えなくなった人は車上生活者になるらしい。
そんな車上生活者が主に働ける場所は、辺鄙にあるAmazonの大倉庫。そこでの商品の仕分け作業だ。
Amazonは車の駐車スペースを用意して働きやすい環境を作っており、車上生活者が集中してかなりの労働力を得ている。
しかし、商品を探して詰めるだけの単調な作業を立ちっぱなしで何時間もやるらしく、仕事はめちゃキツいらしい。
巨大企業は全米の雇用を奪い続けている。
その筆頭であるAmazonが失業者に職を与えている構図は一見相互依存だ。しかし例えるなら、漁師たちの網を全部破壊して、大きな網を所有する人物が彼ら全員を雇い魚を搾取する構造に近い。
Amazonは、ファーンのような車上生活者たちを救っているとも言えるし、利用しているともいえる。ノマドたちが働けない年齢になったときまではAmazonは関与しないだろうし、やはり大きな搾取の枠組みの中にノマドたちは組み込まれてしまっているのだろう。
映画『ノマドランド』ネタバレあらすじ解説
車上生活、Amazonで過酷な仕分け労働
ネバダ州のエンパイアという町で工場が閉鎖され、従業員の多くは仕事がなくなって移住し、ゴーストタウンとなった。
60代の女性ファーン(フランシス・マクドーマンド)は、夫ボーに病気で先立たれた後もエンパイアで代理教員などをしながら暮らしていたが、街に住めなくなり、オンボロのバンで暮らしながらAmazonの仕分け作業員として働きはじめる。
友人のリンダ・メイから、車上生活者を支援する団体があると聞き、ファーンはAmazonの仕事がなくなる季節にその場所へ向かった。そこでは代表のボブ・ウェルズが、ノマドとして生きる道を説き、さまざまな境遇の人々が支え合っていた。
ファーンはリンダとキャンプ場などの清掃係として働いた。
新しい人々との出会い
その後ファーンはリンダたちと別れ、珍しい石を仕分ける仕事に就く。
バンのタイヤがパンクし、ファーンはスワンキーという頑固老女に職場まで送ってもらう。スワンキーは肺癌が脳に転移して先は長くなく、アラスカなど好きだった土地を巡りたいと語った。
ファーンはデイヴという男性と仲良くなる。ファーンが父から譲り受けたアンティークの皿をデイヴが割ってしまい怒ったこともあったが、次のシーズンはWall Drugというハンバーガー屋で働こうとさそわれて、そこでバイトをする。そんな中、デイヴの息子ジェームズがやってきて、デイヴは息子家族と暮らす道を選び、車上生活をやめてしまう。
それでもノマドを続ける
ある日、バンが壊れ、修理に2300ドルかかると言われる。ファーンは姉・ドリーのところへ行き、「アマゾンの仕事が始まったら返すから」とお金を借りた。ドリーはここに住んだらどうかといいと言うが、ファーンは断った。
ファーンは、デイヴが暮らす家を訪ねる。彼にここで暮らさないかと言われた。夜ベッドに横たわるが眠れず、バンで眠り翌朝早く出発した。
再び、車上生活団体のボブ・ウェルズたちと会ったファーン。みんなは焚き火を過去見ながら、死んだスワンキーのことを偲んだ。
次の朝、ボブは5年前に息子を自殺で失ったことを話す。そして「ノマドを続ければみんなといつか会えるから、さよならを言う必要がない」と語った。
再びAmazonの仕分けの仕事の季節になる。ファーンは以前住んでいたエンパイアの家を訪ね、庭を抜けて砂漠を歩き出した。
映画『ノマドランド』終わり。
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