ラスト:サンヒョンの行動原理
『ベイビー・ブローカー』のラストシーンは、スジン刑事に育てられるウソンを、クリーニング屋の車に乗ったソン・ガンホ演じるサンヒョンが遠くから眺め、車で去っていくというもの。
サンヒョンはなぜウソンの前に姿を出さないで車で去っていったのでしょうか?
考察はいろいろできるでしょう。
「4千万ウォンを巡ってマフィアのシンを殺してしまったから逃げてる」のかもしれません。
しかしそれが真相かは不明。
それより大事なのは、サンヒョンがどんな心の葛藤を抱えているか掘り下げることだと思います。
私の意見ですが、サンヒョンは「自分がいなければ、みんなが家族として幸せに暮らせる」と心の奥底で考えたのだと思いました。
サンヒョンは終盤で娘と会い、「ママがもう会いに来ないでと言ってた」と縁を切られてショックを受けます。
自分は血の繋がった家族にとって不要な存在となりました。
ベイビー・ブローカーであるサンヒョンは、皮肉にも自らの娘まで手放すことになったのです。
そのあとソヨンから「生まれてきてくれてありがとう」と言われますが、サンヒョンだけはその言葉を素直に受け止め切れていないように感じられます。
サンヒョンはウソンを囲むもう1つの大切な家族についても、「不幸の原因は自分では?自分がいなければ丸く収まるのでは?」と連鎖的に考えるようになってしまったのではないでしょうか。
家族という名のパズルに自分だけハマらないと気づいたのでしょう。
『ベイビー・ブローカー』のラストは、ドンス、スジン刑事、ソヨンらは第2の人生をやり直そうとしている中で、サンヒョンの傷は癒えていないという明暗の対比をはっきり描いたものだと思いました。
ポジティブに考えるなら、サンヒョンが「生まれてきてくれてありがとう」という言葉を素直に受け取り、ウソンの前に姿を表せる日が近いのかもしれません。
しかし前向きなメッセージだけでなく自分を許せない気持ちや、取り返しがつかない過去に対する苦悩はなかなか癒えないというリアルな解釈も同時に存在している気がします。
元妻と娘に縁を切られ、借金過多。さらに赤ちゃんを闇で売買するサンヒョンは、決して良い人間ではありません。
赤ちゃんを世話しているときに「自分は良い人間だ」と言い聞かせていた側面もあるのでしょう。
ドンスやソヨン、ヘジンなど偽装家族と一緒にいる間は魔法がありました。
しかし本当の家族に捨てられ、自らの悪事を直視して自分を肯定できなくなったとき、その魔法は解けたのです。
サンヒョンは「クズな自分がいなくなることで、せめてみんなは幸せになってほしい」そう思ったのかもしれません。
擬似家族だったけどお互いがお互いを必要していたと確信していた『万引き家族』とは構造的に対になる悲哀に満ちた結末です。
『万引き家族』がお互いを必要としながらバラバラになったのに対し、『ベイビー・グローカー』は再集結するも1人だけそこにいられないという切なすぎるラスト。
視点を広げると、赤ちゃんポストや子育てや児童施設の問題の根幹にあるのは、自分の存在を肯定できないことなのかもしれません。
おまけ:動画レビュー
『ベイビー・ブローカー』の考察を動画でもアップしました↓↓
最後のまとめ
映画『ベイビー・ブローカー』は、社会的に追い詰められた人々が必然的に家族になる過程を抽象的に描いた美しいヒューマンドラマでした。
是枝監督の中で、複数視点の解釈ができるようにフワッとした作りにするという明確なコンセプトがあり、そのぶん受け手が想像力を張り巡らせる必要があると感じました。
メッセージも演出も日本的ですね。
フワッとした部分が多いので世間的な評価は分かれるかもしれませんが、是枝監督にはぜひこの路線を突き進んでほしいです。
ここまで読んでいただきありがとうございます。『ベイビー・ブローカー』レビュー終わり!
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