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Smells Like Maniac 第2話 ホワイトブロウ その2〜エルクの剥製と地下室〜
〜クリス編〜
受付で夕食は19時半と指定されていた。客も少ないので、料理を何度も準備する手間を省きたいのだろう。レストランに入ると中央の長テーブルに案内された、右斜め向かいにはシャーリーが座っておりこちらに向かって微笑む。彼女の横にはそれぞれジェームズと大柄な男性が座っていた。
クリスの右側にはロバートという、短いヒゲをダンディに揃えた50代手前くらいの男性、左にはケイトという落ち着いた雰囲気の女性が座った。テーブルについたのは全員で9名。料理が運ばれてきた。レストラン内の壁には、エルク( アメリカ アカシカ)の生気のない剥製が何体か飾られていたが、前菜はエルクの生ハムのサラダだった。
「鹿肉は好きかい」ロバートが尋ねてきた。
「さあ、普段はあまり食べないので」
「彼らに向かって言って」ロバートは剥製を指差して笑った。
クリスも笑いながら話していると、彼が10年程前にベストセラーになったサスペンス小説「野生の思考」の作者だとわかった。おぼろげながら、ずっと前に読んだその本の内容を何とか思い出し、人物と風景を絡めた心情表現が独創的だったと褒めた。するとロバートは視線をテーブルの料理に落とす。
「わざわざ古い記憶を引っ張り出してくれてありがとう。俺が認めて欲しかったのはまさにそういった表現でね。よければ君と、それから壁の鹿との出会いに乾杯したいな」
皮肉めいた口調だが、本当に嬉しかったらしい。軽くグラスを当てると、ロバートは白ワインを一気に飲み干し、文学や自身の創作について熱く語りはじめる。彼はもともと純文学に傾倒し、そういう作品を書いていたが、何年もまったく売れず困窮した。そこで、エンタメ性の強いサスペンス作「野生の思考」を書いたところ、思いがけずヒットしてしまったらしい。
「その後も、続けてエンタメ作を書けばよかった。自分が書きたい作風のものを書いたら、世間からはそっぽを向かれてしまった。ミスだったよ」ロバートは向かいの壁を見ながら、そう話した。
もう少し同じ路線を続ければよかったのかもしれないが、ロバートはそれをやらなかったのだ。
なかなか難しい問題だろう。建築家やデザイナーの間でも、世間に受けるスタイルで仕事をこなしているうちに、その人が本来持っていた芸術性を失ったという話はいくらでもあった。しかしロバートはそれが嫌だったのだろう。ベストセラー作家の名前欄からは遠のいてしまったが、彼はまだ自分を失ってないのかもしれない。
メインディッシュは、エルクの骨付き肉のロースト。シェフが言うには低温調理で、エルクの血とトリュフを使った特製のソースを使っているらしい。血が滴る赤身は絶品だった。すぐに胃袋に入れるのはもったいなく、口の中で何回も噛んで味が変わっていくのを楽しんだ。
夢中で食べていると、ロバートは反対側を向いてアンという女性と話していた。クリスは隣に座っている憂いのある不思議な目をしたケイトに話しかけた。低血圧っぽい、もったりした独特の喋り方をするその口からも赤い色が滴っている。
「少し変わっているけど、とってもいいホテルね」彼女がそう話したことだけ覚えている。
食事を終わった後も、ワインを飲みながらしばらく宿泊客同士で談笑は続き、それに飽きた面々は自分の部屋に戻っていく。シャーリーの隣に腰掛けて話していると、ロバート、ジェームズ、ユーシュエンという中華系の若者、そしてソフィアという女性が部屋に残った。
ジェームズが他の部屋へ行こうと言い、レストランを出てちょうどラウンジの裏手にある書斎のような部屋に入っていく。みんなもそれに続いていった。するとバーテンがやってきて奥の本棚をズラす。裏に空間が現れ、階段が下へ続いていた。
薄暗い空間の中で小さな影が動いた。グレーの猫だ。地下室へも出入りできるのか。中央には木造りの重厚なポーカーテーブルがある。中央のスペースは コチニールレッド(臙脂色)だ。バーテンがみんなに酒を作った後でディーラーの仕事をし始めた。
「坊やはポーカーのルールがわかるのかな」少し酔ったロバートが隣の席のユーシュエンに絡んでいた。ユーシュエンは適当に流している。見た目は幼く見えるが、案外しっかりしているのだろう。こんなところに一人で来る度胸があるくらいだ。
カードを一枚ずつ引き席を決めると、ホテルのオーナーだというカルロという男がやって来て右端のビックブラインドの席についた。 キューバ製の高価そうな葉巻をカットして咥える。煙を吐きながら、知らない人間とここで賭け事をするのが何よりの楽しみだと語り出した。ユーシュエンとアン以外は全員喫煙者なので、照明を吸収した紫色の煙が、すぐ室内に広がった。
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