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Smells Like Maniac 第12話 6ヶ月後のレクイエム
〜ロバートの小説より抜粋・ソフィアの過去〜
ソフィアがまだ小さかった頃、遊んでくれたのはベビーシッターだけだった。彼女の父親は仕事で忙してくて家にほとんどいない。そのベビーシッターも、ソフィアが5歳になる頃に、結婚すると言って去っていった。
母親は自分が3歳の頃に家を出て行ってしまったと、物心がついてから聞かされた。母親とは何なのか。ベビーシッターの温もりと一体どこが違うのだろうか。そんなことを考えていると、大切な人が離れていく寂しさに対して、自分の感覚が段々と麻痺していくようだった。
誰にどうやって温もりを求めればいいのだろう。温もりという感情さえ霧がかかるように薄れさせてしまえば、心が締め付けられることもないのかもしれない。
高校に入る頃には、父親の権力に 固執する姿勢を知り、一層冷めた目で遠くから見るようになっていた。いつしか親は生活費や養育費を払うだけの存在になり、家に帰らなくても誰も何も文句を言わない。
卒業後はデザインの学校に通って就職したが、恋愛や人付き合いで満たされない分、ギャンブルに興じることが多くなった。ポーカーやルーレットで大金を賭けているとき、不思議と心の欠けていた部分が満たされるのだ。他人や自分の転落や逆転劇を見る。そこで受ける感覚が、ソフィアにとっては“薬”のような役割を果たしていたのだ。しかし、勝ちは長く続かない。ソフィアにとって勝ちは大して重要ではなかったが、借金はどんどん膨らんでいった。借金がどうにもならなくなると、父親が返済してくれる。会話を交わすわけでも、叱られるわけでもない、そんなことを何度も続けた。ただの腫れ物になってしまったのだ。
〜クリス編〜半年後
クリスは本を閉じた。
今話題になっている小説『Smells Like maniac』。ロバートが半年前にホワイトブロウで起こった出来事を、ノンフィクションで綴ったものだ。実際に起こった事件がリアルな表現で描かれている。ソフィアが殺害される場面がとても印象深かった。まるでその場所にいたかのようだ。ソフィアの過去なども、きっと丁寧に取材したのだろう。あれで以外と几帳面な男なのかもしれない。
本の表紙を見ながら大きくため息をついた。自分もソフィアと同じ場所へ行くことができるのだろうか。しかし、まだ時期ではない。なんとなくだが、そんな気がする。いつまでも、死は自分という人間を特別扱いしてくれないのだろう。
天井を見上げ、これからのことについて考えを巡らせた。数日の間、ほとんど喋る時間が取れないこともあるが、それでもシャーリーとの暮らしには満足していた。お互いやりがいのある仕事を持っていて、心の奥底でしっかりと繋がっている。これが求めていたものだと思った。シャーリーは今日の朝から仕事でカリフォルニアへ出張中で、帰ってきたらプロポーズするつもりだった。
シャーリーとの幸せを考えながらも、ホワイトブロウでの出来事と、ロバートの小説が頭の中で渦巻いている。クリスは不意に、中東で人形を持って家から飛び出してきた少女を、撃ち殺してしまったときのことを思い出していた。
銀色の円形のペンダントが真っ二つに割れたのがスローモーションで見え、少女の目からロウソクが消えるようにゆっくりと光が失せていく、胸からは血が噴水のように溢れ出していた。小さな体から流れ出る量じゃない。
クリスはその場で目を開けながら意識混濁としてしまい、仲間に抱えられて数時間後に目を覚ましたのだ。小説で描かれていたソフィアの死に際が、少女の死の瞬間の記憶を呼び覚ましたのだろう。クリスが撃ち殺した名も無き少女。少女とソフィアの死に様が、頭の中でピタリと重なっていく。今初めて、その死を認識できたのかもしれない。
後日、軍部が少女の家に出向いて簡単な謝罪をし、少女の父親に幾ばくかの金を払ったらしい。問題が大きくなるということで、クリスの同行は許されなかった。ショックで夢を見ているような状態だったあのときの自分は、同行したとしても謝罪もできなかっただろう。
このことは帰還してから誰にも口にしていない。育ての親にも。もちろんシャーリーにも。永遠に許されないことだろう。この先、どんな善行を積んだとしてもだ。
だから自分は、何か新しいものを生み出そうとしているのか。償いからなのか。墓標なのか。誰にとってだろう。あの少女だろうか。それとも、ただ自分を楽にしたいから。
クリスは椅子の上でまどろみながら、いつの間にか寝ていた。中東の奇妙なメロディが聞こえてくる。あの日、少女が着けていたペンダントが、銃弾で真っ二つに引き裂かれた。そして銀色の半円となり、思えばあれこそ、ホワイトブロウそのものだ。きっと、あそこで起きたすべての元凶は自分なのだろう。
人を殺したことを受け止めきれず、償いもあきらめている、そんな人間なのだから。心の中にある黒く苛烈な感情が、巡り巡ってホワイトブロウに辿り着いたのだろう。
それがソフィアを殺していても、なんの不思議もない。命を奪った罪の意識は、国も時間をも越え、ソフィアに辿り着いてしまったのだ。
シャーリーと幸せな生活を送っていいのだろうか。
彼女の心に一筋の傷があったとして、自分の負の感情がそこへ流れ込みはしないだろうか?
クリスは、夢の中で脈絡ない思考を抱え、深い眠りに落ちていった。
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