Smells Like Maniac プロローグ&第1話 闇に生きる
プロローグ
女はどんな心境で窓を開けたのだろう。何かを感じとったとしか思えない。雪降る夜にシャワーを浴びた後のバスローブ姿だ。外を見つめていた女の目が大きく開いたかと思うと、胸から溢れた血に月が映り揺れていた。叫ぼうとしたのだろう。呻き声は聞こえたが、バルコニーから銃を撃った人物の分厚い手袋をはめた手が女の口に突っ込まれていた。もがきながら倒され、体は大きく波打つように痙攣し始める。これが命の終わりなのか。そして肉体は微動だしなくなり、静寂が再び部屋を満たしていく。月の明かりは消え、彼女を殺した人物も去った。雪が窓から吹き込んでくる。
奥の間に置かれたソファの死角からそっと立ち上がった、横たわる女に歩みを進める。溢れ出ている涙を袖でこするが、それが悲しさか感動からか、自分でもわからない。女の側に立って見つめた。生きた死体とでも表現すればよいのだろうか。白かった肌が溢れ出る鮮血に染まっていく様は、名だたる芸術家の絵よりも遥かに価値があるものではないか。生命の残像のような肉体の蠕動が終わるまでは、死体であって死体でない中間のある霊性を帯びた存在。あのダリでさえ、この作品を目撃したら筆を折るかもしれない。
第1話 闇に生きる
奇妙な依頼だった。裏の仕事を仲介するサイトからだ。木造りのテーブルが自慢の古いダイナーで、ヴァンは熱く苦いコーヒーを口に含み少し焦った。「 コロラド州ベイルにある、ホワイトブロウ・ホテルへ行ってほしい」と書いてある。場所の指定を受けたのは初めてだ。ノートパソコンに映る文面からは、イタリア製のスーツのようないけすかない雰囲気が漂う。
ヴァンはテーブルに肘をついて、指をこめかみで波打たせながら画面を読み進める。論理立てた思考が、どうしてもカフェインでブーストされた興味を打ち負かせない。
「2月13日にホテルにチェックインしてくれ。宿泊客を2人殺してもらう。ターゲットについての情報は、追って連絡を入れる。報酬は360,000ドル(日本円で4000万円弱)」文面はそう続いていた。日程は急だが、一般人の殺しとしては悪くない。
正規の客を装って行けば、リスクはそれほど高くないはずだと、ヴァンは思った。コーヒーマグをテーブルに置いた音が鈍く響く。
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